ライトSFP #05 指先の原価
白く無機質な監査室。
机を挟んで座る監査官は、私の作業着についた油の染みを、汚物でも見るかのように一瞥した。
「レイさん。あなたの整備部門は、今期も当社の定める最適化基準を満たしていません」
冷たい声だった。
「指定された安い規格品を使わず、わざわざ古い部品を手作業で削り直して使っている。これは明確な労働時間の浪費です」
私はポケットから、黒く変色した小さな歯車を取り出し、机の上に置いた。
金属の乾いた音が、白い部屋に小さく響く。
「規格品の寿命は三ヶ月だ」
私は言った。
「現場の熱と振動に耐えられない。だが、この古い歯車は職人が手で削り出したものでな。十年動いている」
監査官は興味なさそうに端末を操作する。
「数値がすべてです」
指先が軽く画面を叩く。
「初期費用と作業時間を計算すれば、三ヶ月ごとに規格品を交換する方が安い。あなたのやり方はただの自己満足であり、会社の利益を損なっています」
私は椅子から立ち上がった。
そして監査官の胸元に目をやる。
仕立てのいいスーツ。
明らかに既製品ではない。
「あんたのその服」
監査官が眉をひそめる。
「規格品じゃないな。なぜ三ヶ月で着捨てる安い服にしない」
「……これは私の立場を示す、必要な投資だ。一緒にしないでもらいたい」
「現場の機械も同じだ」
私は歯車を指で弾いた。
カチ、と軽く回る。
「血の通っていない数字だけで安さを測るから、半年後にライン全体が止まって莫大な損失を出す」
私は歯車を拾い上げた。
「その歯車一つに込められた指先の感覚と耐久性を計算できないなら」
監査官を見下ろす。
「あんたの監査システムこそが、最大の損失だ」
沈黙。
白い部屋に空調の音だけが流れる。
私は歯車をポケットに戻し、ドアへ向かった。
「明日、第三工場のラインが止まる」
背中越しに言う。
「規格品が削れる異音を、昨日この耳で聞いたからな」
ドアノブを回す。
「その時、本当の原価ってものを思い知るだろう」
ドアが閉まった。
翌日。
午前十時二十二分。
第三工場の生産ラインは、轟音とともに停止した。
摩耗した規格歯車が砕け、隣接するギアを巻き込み、主軸が焼きついた。
ライン全体が止まり、復旧には三日。
損失は数億。
その日の夕方。
私は工場の整備室にいた。
分解された機械の前で、油の匂いを吸い込む。
落ち着く匂いだ。
そこへ静かな足音。
振り返ると、監査官が立っていた。
昨日と同じスーツ。
だが顔色は悪い。
「……本当に止まった」
「言っただろ」
私は淡々と答える。
監査官は壊れた歯車を見つめた。
「数値では……予測できなかった」
私は作業台からヤスリを取る。
そして古い歯車を固定した。
「そりゃそうだ」
金属を削る音が静かに響く。
シャリ、シャリ。
「数字は過去しか見ない」
私は削りながら言う。
「だが現場は未来を聞く」
ヤスリを止める。
歯車を持ち上げ、光にかざす。
「振動、匂い、音」
軽く回す。
滑らかに回転した。
「全部、指先が覚えてる」
私は歯車を機械に組み込んだ。
ボルトを締める。
工具を置く。
「回してみろ」
監査官がスイッチを押す。
機械がゆっくり動き出す。
