<ショートショート> 別の地球: 世界で最後の仕事
世界から仕事が消えた。
AIとロボットが、すべてを引き受けるようになった。
生産も、物流も、医療も。
人間は関わらなくていい。
データは完璧に管理され、異常は即座に検知される。
世界はとても平和になった。
だが一つだけ、人間に残された仕事がある。
「巡回確認員」
彼はその仕事をしている。
毎朝、街を歩く。
センサーは街中にある。
カメラも、マイクも、温度計も。
すべてのデータはAIに届いている。
それでも彼は歩く。
すれ違う人の顔を見る。
声を聞く。
歩き方を見る。
データには残らない何かを、探している。
ある日、少年に声をかけられた。
「おじさん、何してるの?」
彼は少し考えて答えた。
「確認」
「何を?」
「みんなが元気かどうか」
少年は首をかしげた。
「AIがやってくれるじゃん」
彼はうなずいた。
「そうだな」
「数字は関知してくれる」
「でも、知ろうとしなければ気づけないこともある」
少年は意味がわからないという顔をした。
彼は続けた。
「顔色とか、声の調子とか」
「ちょっとした変化は、見ようとしないと見えない」
少年は「ふうん」と言って、手を振って帰っていった。
彼は歩き続ける。
誰かが困っていたら、声をかける。
相談されたら、話を聞く。
解決できることは少ない。
それでも「聞いてもらえた」という顔を見ると、少しだけ意味があった気がする。
報告書には何も書けない。
数字にならない。
表にも出ない。
それでも彼は歩く。
夕方、海沿いのベンチに座る。
波の音を聞く。
風の匂いを吸い込む。
画面では分からない、この場所にいなければ感じられないもの。
端末を開き、記録する。
「本日の巡回、完了」
送信ボタンを押す前に、画面の隅に小さな表示が出ていることに気づいた。
巡回確認員 登録者:残り1名
彼は端末を閉じた。
立ち上がり、また歩き始めた。
明日も、誰かの顔を見に行く。
見ようとしなければ、見えないものがある。
わたしはこの地球が好きだ。
