<ショートショート> 執行猶予ガチャ
この地球では、裁判の最後にくじを引く。
引くのは、裁判官ではない。
検察官でもない。
弁護士でもない。
被告人本人である。
判決は、普通に言い渡される。
懲役2年。
ただし、3年間その刑の執行を猶予する。
そこまでは、昔の地球と同じだった。
違うのは、そのあとである。
裁判長は、判決文を閉じると、横に置かれた小さな箱を指差す。
「では、抽選を行ってください」
箱の中には、三種類の札が入っている。
判決通りの執行猶予。
確率、20%(当たり)
執行猶予期間、2倍。
確率、30%(小当たり)
執行猶予なし。
確率、50%(ハズレ/即日収監)
正式名称は、執行猶予再評価抽選制度。
けれど、誰もそんな名前では呼ばない。
国民は、それをただ、執行猶予ガチャと呼んでいた。
制度が始まった理由は、よく知られている。
初犯なら執行猶予。
反省すれば執行猶予。
示談すれば執行猶予。
そんな言葉が、毎日のようにニュースに流れていた。
被害者は怒った。
国民も怒った。
「やったもん勝ちではないか」
その声が大きくなり、政府は新しい制度をつくった。
裁判所は、これまで通り判決を出す。
ただし、最後に本人がくじを引く。
国は説明した。
「本人が引く以上、結果は本人の手によるものです」
その説明は、思ったより国民に受け入れられた。
この日、被告人の男は、強く目を閉じていた。
判決は、執行猶予付きだった。
本来なら、そのまま家に帰れるはずだった。
しかし、まだ帰れるとは限らない。
男は、箱の前に立った。
手が震えている。
裁判長が言った。
「一枚だけ、引いてください」
男は、ゆっくりと箱の中へ手を入れた。
傍聴席は静まり返っていた。
被害者の家族も、記者も、裁判所の職員も、誰も声を出さなかった。
男は一枚の札をつかんだ。
その瞬間、男は初めて本気で祈った。
反省ではなかった。
被害者への謝罪でもなかった。
ただ、当たりを引きたいと祈っていた。
男は札を開いた。
そこには、こう書かれていた。
執行猶予なし。
(ハズレ/即日収監)
男は、その場に崩れ落ちた。
弁護士が何かを言おうとしたが、すぐに黙った。
裁判官は判決を言い渡しただけだった。
検察官は求刑しただけだった。
弁護士は弁護しただけだった。
最後の札を引いたのは、男自身だった。
だから、誰も責められなかった。
翌日のニュースでは、その裁判が大きく報じられた。
コメンテーターは言った。
「運も含めて、自分の行為の結果です」
SNSでは、短い言葉が並んだ。
ハズレだね!
まあ、自分で引いたし。
これで少しは抑止力になるだろう。
その後、街には新しい広告が増えた。
犯罪を考える前に、くじ運を考えよう。
しばらくすると、若者向けの動画も流行した。
執行猶予ガチャを引いてみた。
ハズレたら即終了。
当たりを引く人の共通点。
もちろん、本物のくじではない。
ただの再現動画である。
それでも、人々は笑いながら見た。
ある日、裁判所の近くに小さな店ができた。
店の名前は、運勢相談所。
看板には、こう書かれていた。
初回相談無料。
裁判前のくじ運、見ます。
その看板の前を、ひとりの男が通り過ぎた。
数日後に裁判を控えている男だった。
男は、しばらく看板を見つめていた。
そして、小さくつぶやいた。
「反省文より、先にこっちかもしれない」
この地球では、裁判の最後にくじを引く。
刑罰に、運が混ざった。
そしていつの間にか、罪を犯そうとする人間は、罪そのものよりも、くじ運を恐れるようになっていた。
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