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<ショートショート> 「幸福税」〜幸せから逃げるための、もっとも残酷なダイエッ 

  幸福税が導入されて、三年が経つ。

 正式名称は、国民幸福調整税。

 幸福は社会の資源であり、過剰な幸福は不均衡を生む。

 それが政府の理屈だった。

 国民は毎月、専用の生体センサーで幸福度を測定される。

 心拍の揺らぎ。

 血中セロトニン濃度。

 睡眠の質。

 それらを総合した幸福指数が高いほど、税率は跳ね上がる。

 人々はすぐに対策を覚えた。

 月末の査定日が近づくと、街から笑顔が消える。

 流行したのは、節税ファスティングだった。

 絶食し、サウナで極限まで水分を抜き、睡眠時間を削る。

 飢餓感と疲労で脳内ホルモンを枯渇させ、幸福指数を物理的に叩き落とす。

 人々はそれを、合法的な脱税と呼んでいた。

 私は税務局の監査官だ。

 今日も一件、異常値を出した対象者を訪問した。

 二十代の女性。

 幸福指数、92.4。

 最高税率区分だった。

 ドアを開けた彼女を見て、私は息を呑んだ。

 頬はこけ、目の下にはどす黒い隈がある。

 腕は枯れ枝のように細い。

 部屋には、空のミネラルウォーターのペットボトルが散乱していた。

「最近、何か良いことがありましたか」

 私がマニュアル通りに尋ねると、彼女は虚ろな目で睨み返した。

「あるわけないでしょ。三日間、水しか飲んでないのに」

 声は苛立ちで震えていた。

 完璧な節税対策だった。

 セロトニンなど、ほとんど分泌されていないはずだった。

「ですが、幸福指数は92.4を記録しています」

 彼女はふらつきながら立ち上がり、部屋の隅の姿見の前に立った。

 そして、骨ばった自分のウエストを両手でなぞる。

「……昨日、やっと目標の体重を切ったんです」

 鏡を見つめる彼女の唇が、ゆっくりと歪んだ。

 うっとりとした、狂気じみた笑顔だった。

「ずっと着たかった服が、入るようになったんですよ」

 その瞬間、端末の数値が跳ねた。

 幸福指数は、さらに上を示していた。

 飢えと苦痛の果てに手に入れた理想の輪郭。

 その達成感だけが、彼女の身体にまだ残っていた。

 私は端末を操作し、査定結果を確定させた。

 高額課税。

 表示された納税額を見て、彼女は短い悲鳴を上げた。

 そして、そのまま床に崩れ落ちて泣き始めた。

 これでまた、彼女の幸福指数は下がるだろう。

 来月の税金は安くなる。

 だが、節税して手元に金が残れば、彼女はまた新しい服を買う。

 鏡の前で笑い、また税務署から高額の通知が届く。

 私が送信ボタンを押すと、乾いた電子音が部屋に響いた。

 政府の発表によれば、今月の幸福税の税収も、また過去最高を更新したらしい。

あとがき

インフラの現場に長くいると、人間の行動が「数値」や「リソース」として管理されていく瞬間を何度も見る。

この話は、その最適化がいつか「幸福」にまで届いたらどうなるか——という、現場の空気から浮かんだ話だ。

金曜の夜に読んでくれたあなたが、週末、少しだけ笑えていたらいい。

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