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<ショートショート> 両利き義務化時代    


AIとロボットが、ほとんどの仕事を引き受けた。

人類は喜んだ。 満員電車に乗らなくていい。

上司の顔色をうかがわなくていい。 誰もが自由になった。

だが、半年もすると奇妙なことが起きた。

人間が、どんどん不器用になっていったのだ。

握力が落ちた。 字が雑になった。

包丁で指を切る者が増えた。

専門家が言った。

「片手への依存が原因です」

別の専門家は、こう続けた。

「ロボットは左右の手を、同じ精度で使います。

人間が片手偏重のままだと、作業効率でロボットに劣ります」

司会者が聞いた。

「つまり、人間をロボットに合わせる、と?」

専門家は少し笑った。

「社会全体の最適化のためです」

そして政府は、いつものように法を作った。

正式名称、 国民両手均等使用推進法。 通称、 両利き義務化法。 食事、歯磨き、改札、スマホ操作、署名。

あらゆる行動の左右使用率を、五十対五十に近づけること。

努力義務、と言いながら、実質は義務だった。

スマホには、利き手使用率管理アプリのインストールが義務化された。

月末になると通知が来る。

「今月の右手使用率、84%。改善が必要です」

改善しないと、健康保険料が上がる。

「税ではないので安心です」と政府は言った。

誰が安心するのか。

私は右利きだ。

箸も、ペンも、スマホも右。 左手は、ただ添えるだけだった。

ある日、通知が来た。

「右手偏重により、保険料を調整しました」

追加徴収、三千八百円。

思わず右手でスマホを握りしめた。

「右手使用を検知しました。追加記録」

慌てて左手に持ち替えた。

「改善行動を確認しました。ポイント加算」 なんだこの国は。

私は練習を始めた。 左手で歯を磨く。

左手で箸を持つ。 左手でサインする。

歯茎を刺した。

味噌汁をこぼした。

健康保険の更新書類も、AIサービスの同意書も、住宅ローンの再契約書も、署名が全部、呪文になった。

それでも続けた。

一か月後。 右49%。 左51%。 ついに逆転した。

その日の夜、また通知が来た。

嫌な予感しかしない。

「新制度のお知らせ。 国民両脳均等活用推進法。 論理と直感の均等使用を推進します」

私はしばらく画面を見つめた。

それから、左手で会社のパソコンを開いた。

退職届を書いた。

その下に、もう一枚。 報告書。

タイトルはこう書いた。

『両利き義務化時代』

人類は、仕事を失ってから、ようやく"手"に職をつけた。

ロボットと同じ利き手。



実際に私が両利きを目指したエッセイは こちらに、あります。

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