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課金と無料の狭間で考えたこと

noteを始めたきっかけは脳梗塞だったけれども、背中を押してくれたのは、吉本ばななさんのnoteだ。
「noteはわたしの最前線」という言葉に心惹かれた。

さすが上手いなぁ。
ばななさんの文章が有料なのは当然だ。有名作家、人気作家さんなのだ。
ばななさんのnoteのなかには長年、文章を書くことを生業にしてきたひとが無料で書くことの弊害について触れている一文もあった。

なるほど。そのうち有料にしてみてもいいかもな。気軽にそんなことを考えた。わたしだって、ものかきを生業としてきた年数だけは長い。時々有料にしたってバチは当たらないだろう。

まぁ、でも、当面は無料でいいや。どうせ好き放題書き散らかすに違いないんだから。

それから1カ月ほど経ったころ、有料記事の購入代金のキャッシュバックが始まるというお知らせがあった。キャッシュバックされたお金は、次の作品の購入代金に充てることができるらしい。
なるほど。次々と買う気にさせようというアイデアだ。いい機会だから、キャッシュバック期間中に何本か、有料記事を上げてみるのも良いかもしれない。
ボタンがあったら押してみる。
それがわたしだ。

そんてことを考えつつも、好き放題書き散らかしているうちに、キャッシュバックされる期限がどんどん迫ってきていた。何かアゲなきゃ。でも、どんな記事がいいんだろう。

少なくとも、お金を出していただく限りは「ああ、読んでよかったな」と思ってもらえるような内容でないといけないような気もする。
何か役に立つような? いや、でも、わたしはそういうものが書きたかったわけじゃない。noteでやりたいことでもない。
読んでほっとできる、癒されたと感じてもらえるようなもの、とか? ん~、すぐには思いつかないよ。
脳梗塞の記事は「続く」にしておいて止まったまま
だから、その続きとか? ん~、でも、続きからいきなり有料ってのもどうよ。

逡巡しているうちに、時間だけが過ぎていく。

いや、別に読むことを強制しているわけじゃないんだし、「ここから有料」の先は無視してもらえばいいだけだから、あれこれ考えない方がいいのかもしれない。
変にサービス精神を出すといやらしい文章になりそうだ。読者を意識して書くことは、長年のライター稼業で習い性になっているけれども、そこから離れた書きものがしたいというのもnoteを始めたきっかけではなかったか。
読者におもねるような素材の選び方、テーマの決め方はしたくない。


自分のために書く。生きるために書く。
そうだ、わたしは「呼吸するように書く」ことを目指したかったんだ。
カッコよかったなぁ、来日講演で「わたしは呼吸するように書いているのです」と言い放ったダニエル・キイス先生。思っていたより強面で小柄で、不機嫌そうにも見えたけれども、いつかわたしもサラリとそんな言葉を吐けるものかきになりたいと強く願った。

となれば、何を有料に、何を無料にするか、その基準を自分なりに決めるべきではないのか。何を基準にすればいい?
うーーーーーーーーーーーん。

堂々巡りをしているうちに、さらに時間が過ぎていく。

基準なんて決めても、守れないのがわたしだなぁ。
そんな答えがうっすら見えたところで、見切り発車したのが初めての有料記事だ。

次に悩んだのが値段だ。試しに料金は100円にしてみた。100円でも高い気がするが、キャッシュバックされる金額があまりに少ないのも魅力半減かなという気もする。
振り返れば、わたしが編集部でバイトを始めたころの女性週刊誌は、100円台だったんじゃないだろうか。150円とか180円とか、そのくらい。漫画雑誌もそのくらいだった気もする。月刊だったら250円。付録がついて300円。女性週刊誌が250円になっていることに、あるとき気づいてビックリした記憶もあるし。
違うかなぁ。ちゃんと調べてみないとな。

ちなみに、当時の喫茶店のコーヒーは250円前後、ラーメンは300~350円くらいだった気がする。ここへきて世の中、値上げラッシュだけれども、わたしがバイトを始めたのは、かれこれ半世紀近くも前の話だ。当時の喫茶店のコーヒーよりも今のコンビニのコーヒーのほうが安いという事実に、愕然とした。

週刊誌にとって、とてもいい時代だった。出るたびに、雑誌はほぼ完売。平均70万部くらいは売れていて、合併号のたびに発行部数100万部超えなんていう時代の空気を、わたしは現場で味わっていた。

あぁぁ、また脱線してる、、、、。

結局、課金用の記事にしても同じような脱線満載、思いつきの行き当たりばったりのエッセイになってしまった。せめてものサービスのつもりで、写真はたくさん入れてみたら、なんだかブログ記事みたいな雰囲気でもある。
誰も読まないだろうなぁと思っていたら、「スキ」がなぜか2コついた。課金のお知らせはなかったので、冒頭を読んだだけでスキしてくれるひとがいることがわかった。noteだってsnsなんだよな。

数日後、なんと購入されましたのお知らせが入った。
信じられない思いで購入者のプロフィールをたどると、どうやらわたしがnoteを始めたことに気がついた昔からの友人のようだった。御祝儀のつもりでいただくことにした。ありがとうございます。

くまきち(5歳のころ)

1本100円。雑誌の原稿料よりも、単行本の印税よりも、デジタル書籍の2次使用料よりも、はるかに少額なnoteではあるけれども、依頼されて、その意図に添って書き上げたものよりも、自分の思いを勢いのまま形にしたnoteは愛おしく、それに対する対価がこんなにも心を潤すものなんだと初めて知った。

金環日食
2012年5月21日午前7時45分
東京・自宅ベランダから撮影
当時は写真にハマっていた


🔳更新記録
最初にこの記事をあげたのが1月31日。もうちょっと前だった気もするが、少々、手を入れて1月31日更新になっている。さらに、手直しをし、書き足したりして本日は2月10日。
この10日ほどで思いついたのは、わたしが過去の仕事に関して触れたりする機会があった場合、芸能人や有名人の方々とのやりとりや当時の取材風景などを書いたりする場合には、課金してもいいのかなと思った。
元・心正しき(本人談・笑)週刊誌ライターとして、取材記者として、相手を表現する際にはできる限り主観を挟まず、冷静に平等に客観的に相手を見、書く自信はあるけれども、そうは言っても人間対人間。お互い多少の誤解が生じたこともあったかもしれないし、思い違いをしていたことだってあると思う。
わたしとしては、好意からの書き方をしているつもりでも、受け取る人の解釈はどうとでもなる。
相手が名のある人だった場合はなおさら、曲解されたり、悪意を持ってシェアされたり、書き直されたり、引用されたりしないとも限らない。

そこで、そういう記事を書くとき、これは危ないかなと思ったときには、課金しようかなと考えた。
有料なら、安易には読まれないし、シェアされても有料部分に書かれた内容が安易に読まれることは格段に減るはずだから。

面白ければいい、目立てばいいという人が少なくないんだなぁと思わせられる昨今、みんなが叩くなら叩かなソンソン、みんなが褒めるなら褒めなきゃソンソンみたいな世のなかで、ネットで書く難しさにヒヤヒヤどきどきしながら、そろそろこのテーマは終わりにします。

🔳さらに、おまけ
ばななさんが有料か無料かについて書いていたnoteがオススメになっていた(2月24日)のでリンクさせていただいた。こうやって、ずるずると長くなっていく 笑

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ぷれこ まあまあ、こんな駄文にチップとは。俄然、やる気に拍車がかかります。一度書いてアップしたものでも実は何度も読み返し、読み返すたびに加筆、訂正、写真を挿入してみたりと絶えず変動しているものもございます。100%に近づけたくて悪戦苦闘しています。いただいたチップでホッと一息できそうな