はじめまして。
まりです。
プロフィールにもちらっと書きましたが、バブル崩壊と就職氷河期とサブプライムローンに直撃した世代です。
同じ世代でも何も打撃を受けていない方もいらっしゃいますが
私の場合、いや、主人も直撃受けてるので…
私たち夫婦は貧乏神に呪われていると感じています。
貧乏神に呪われている
・親は真面目に働いていたのにバブル崩壊の煽りを受け貧乏生活をしてきた
・就職氷河期で初任給がとても低いラインで始まった
・結婚した頃、生活家電はとても高かった
(テレビで例えるとインチ×万円 46インチ46万円)
・第1子妊娠中は妊婦健診の補助も一部だけだった
(検診1回に1万円近く取られた)
・親からの資金援助は受けられない
・1歳児を託児所に預けながら家計のために働きに出るも、家族みんなフルタイム勤務で育児協力は全く得られない
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そんな感じで、新婚生活はスタートしました。
まとわりつくお金の不安
激務すぎ職場を寿退職して結婚した私はすぐに子どもを授かりました。
子どもを授かるまではのんびり2人で過ごそうかな〜
と、以前より仕事量の少ない職場に勤めてお金貯めようかな、ぐらいに呑気に考えていたのですが…
妊娠が発覚して、
今から勤めに出てもすぐ産休やん…
と、再就職を諦めました。
泣く泣く主人の頼りない給料1馬力で細々と生活していました。
妊婦健診、出産準備物品、我が子を記録するためのビデオカメラ(当時はまだスマホはありません!)、ビデオカメラで撮った画像を保存するためのブルーレイレコーダー……高くてもお金を出すしかありませんでした。
生活を切り詰めて何とかお金を捻出していたので
子どもを養っていくためにはどのくらいお金がいるんだろう…
そんな不安が大きなマタニティライフでした。
無事出産したあとは、初めての我が子とのかけがえのない時間を過ごしていたけれど、お金の不安はまとわりついたまま
どこか憂鬱な気持ちで過ごしていました。
育児しながらの再就職
子どもが1歳になる頃、働きに出る決意を固めました。
条件は、託児所があるところ!
とにかく育児協力が得られない環境だったので、子どもをみてくれる託児所がないと働けませんでした。
(その当時、待機児童という言葉がニュースによく出ていました)
今思うと、条件が託児所って、自分の働き方とか働きやすさはどこいったん?って感じなのですが…
当時はお金を頂くために必死です。
だって、主人1馬力じゃ厳しかったんですもの。
そして、私は初めての育児と新しい職場に飛び込みました。
初めての育児と新しい職場
1歳の子どもを託児所に預けながら働きはじめてすぐ、子どもが初めて高熱を出しました。
「お母さん、お熱が39℃あるのでお迎えにきてください。」
保育士さんは当たり前に慣れた口調で伝えてきますが私は驚きと衝撃でいっぱいでした。
働きに出るのが早すぎたのかも!
何の熱かな?大丈夫かな?そんな高熱出したことないんやけど!
今すぐ仕事抜けるの?迷惑かけてしまう
でも、早く帰らないと!
一気に頭の中に不安や後悔や自責の念が渦巻きながらも上司に子どもの発熱の件を伝えると
「大変やね。すぐ申し送って子どもさん迎えに行ってあげて。」
と案外すんなり帰ることができました。
突然帰らないといけなくなって申し訳ないなと思う気持ちは、家に帰っても次の出勤時に菓子折りを持って行っても解消することはなく、子どもの体調不良で休むたびに蓄積されるような気分でした。
ほかの子持ちママさんが子どもの急病で休んだ時、
よく思ってなくてあからさまに迷惑そうにする人も見てきました。
自分も子どもが急病で休んだ時、こんな感じで言われてるんやろうな…
お願いやから熱出さんといてや~と常に小さなストレスを抱えながら仕事をしていました。
キャリアと子育てが両立できない私
その後、さらに二人子どもが生まれ、母としての経験値も蓄えながら仕事を続けていました。
経験を積んでいくと、やがて責任者として任命されるターゲットとなっていきます。
自分との意思とは無関係に責任者に任命されてしまいました。
子育てのほうは、日々、年々、未経験がやってきます。
初めて子どもが小学校に上がる、初めて子どもが中学校に上がる、
言うこと聞かなくなってきた、うまく嘘がつけるようになってきた、
反抗的な態度で会話してるだけで疲れるようになった…
職場でも家でも、気は休まらないし体を休めることもできません。
仕事のストレスも家庭のストレスも自分で感じることができないぐらい、日々をこなすだけで精一杯の日々でした。
子どもが不登校になり、自分がきちんと子育てができていないからと自責
管理しなきゃいけない予定が仕事でもプライベートでも大量にあり、管理しきれず忘れてしまう予定がちらほら出てしまい、自身の管理不足を自責
頑張っても、頑張っても、ぽろぽろ出てしまう自分の失敗にだんだん疲れてしまいました。
とうとう鬱病を発症した
家事はなくならない…
仕事は忙しい…
子どもの不登校は解決しない…
悩みを誰かに話す時間も取れない…
時間に追われるように過ごしていたら
いつの間にか食事が喉を通らなくなっていたみたいです。
自分では気づいていませんでした。
人から、やせたねって言われてやっと気づきました。
ある日突然、仕事中に、自分の言いたいことが言葉に変換できなくなり
悲しい気持ちでいっぱいで涙があふれるという奇妙な現象が起こりました。
こんな状態じゃ仕事できない、帰ろう
そう思って、信頼している上司のもとへ行きました。
泣きながら、自分の思っている事が文章にできないことを伝えましたが、言葉がうまく選べず伝えるのにも時間がかかりました。
いよいよ精神やってしまったかも
そう思いながら帰宅すると、泥のように眠ってしまいました。
その後、あまり記憶がないのですが、夫がワンオペを経験せざるを得なかった状況になってしまいました。
3日くらいほぼ寝て過ごしていましたが、辛さや悲しみが消えず、苦しくて助けてもらいたくて泣きながら心療内科に行きました。
心療内科の医師の前でも、文章がまとまらなくて泣いてばかりで、とにかくしんどいので助けてほしいと必死の思いで伝えました。
医師は、「鬱病で間違いないでしょう」とお薬を出してくださいました。
あぁ、とうとう鬱病になってしまったんや私……
なるほどな、ほんまに頭回らんしおかしいもんな私と納得しながらも
きちんと治るんだろうか、元の私に戻るまでどのくらい時間がかかるんだろうかと不安が大きかったです。
休業&退職
鬱病の診断書を手にした私は早退した日から休業に入りました。
その職場では責任者が精神崩して休業に追い込まれることが多発していたので私も例にもれずって感じやなと思う一方、なんで私がこんな目に!って思いも強かったです。
しかし、鬱病ってとにかく思考が回らなくて…
悲しい、苦しい、辛いみたいな言い表せないほどの負の感情で泣くことしかできない日々が続きました。
お薬を飲んで少しづつ自分に戻っていった私ですが、
元居た職場に戻るのは再発の危険を感じ
きっぱりと退職することにしました。
自分がなりたい自分を考えた結果と現実
退職してからしばらく退職手当が出ていたので、働きだすことを急がず、自分のこの先を考えていました。
自宅で収入を得られる仕事があればなぁ。
そう思ってネットを検索検索検索検索…
そこで出会ったのは
先物取引
ネットビジネス
動画配信プロデューサー
物販
ほかにもあったけど、自分が興味惹かれたのがこれって感じです。
でも、どれも習得するのに結構な資金が必要でした。
結果を短的にお伝えすると…
先物取引:受講に25万、実際取引して80万溶かした
ネットビジネス:10万課金、結果出ず
動画配信プロデューサー:何か向いてないって直感でパス
物販:100万単位課金しないと満足できなさそ~っていう直感で後回し
だったのです。
結局、失敗です!
でも、
でもですよ!
この後私、違う職場にお金稼ぎに行って、週4しか働いてないくせに週5の給料上回るところに出稼ぎに出るんです。
それでも、また、戻ってきました~!
私が戻ってきたフィールド
それは、ズバリ!
ネットビジネスなんです。
諦めきれないし、
同じようにしんどい思いをしている人にも伝えたい=伝授したいし、
自分も理想の生活がしたいし…
そして、また、この分野で輝くべく
努力を積むことにしたのでした。
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