逢うべき人には『必ず』逢える。
休日の一コマ。
友人たちに会うため大阪を訪れた。
久方ぶりの集まり。久々の大阪の地。
午前9時に駅前で待ち合わせ。
京都から電車で向かった。
時間に余裕を持って家を出た。
30分早く到着すると電車の中で気づく。
調べると手前の駅から待ち合わせの駅まで1Km程度だった。
「良い機会。手前の駅で降りよう。そしてまちあるきをしよう」
手前の駅で下車。
待ち合わせの駅に向かってまちあるきをする。
住宅地を歩くこと10分。
緑豊かなこんもりとした小高い丘が目に留まる。
小高い丘に興味を持った。
丘の麓まで来た。
見上げると、丘の地形に合わせて蛇行する階段があった。
「良い機会。頂上まで登ろう」
頂上へと続く階段を登ること5分。
丘の途中に展望台があった。
眼下に広がるまちを見下ろす。
その眺望を堪能した。
歩を進めると、木々の中にひっそりと佇む神社の鳥居が見えた。
「良い機会。参拝しよう」
鳥居をくぐり抜けてさらに階段を登る。
神社の境内に足を踏み入れる。
しんとした空気。
朝の神社は心地よい。
小鳥のさえずりも小気味よい。
心穏やかに参拝。
参拝を済ませ、参道を歩く。
参道の横の掲示板がふと気になった。
語りかけてくる言葉がそこにあった。
「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。森信三」

「逢うべき人には必ず逢える」
『必ず』という言葉の力に胸がざわついた。
「逢うべき人」には、早すぎず、遅すぎないタイミングで出逢える。
それは必然。導かれるように。
そう解釈した。
「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。」
この言葉を味わいつつ、これまでの人との出会い、縁に想いを馳せた。
真っ先に、今から会う友人たちのことを想った。
想い返せば友人たちとは偶然の出会いだった。
人との出会い、縁とは不思議なものだ。
これから人生で出会う人は「逢うべき人」になるかもしれない。
些細な出会いもそれを縁と思えば「逢うべき人」になるかもしれない。
なんて素敵なことか。
含蓄に富んだ森信三氏の言葉に出逢えた僥倖に感謝。
朝9時。待ち合わせ場所で友人たちに会った。
その日、友人たちを「逢うべき人」と意識し接したことは言うまでもない。
