note記事「読んだ」と「読んでない」の間
【1070文字・2分】
読んでないのにスキする
という行為に言及した記事を、偶然ですが連続して見かけました。
なるほど、そういうこともあるのかもしれないなぁ、と思いました。
自分を振り返る。
さて、私はどうだろう?
自分の胸に聞いてみます。
まず、開かずに「スキ」はありません。
でも、記事を開こうとタップした拍子に「スキ」がついてしまったことはある。※開こうとしたくらいだから、そのあと記事を開いて読みます。
でも、問題はそのあとです。
書き出しを読む。そして…
▼引き込まれる
→2行目、3行目と読んでいく。
▼そこまでではない
→興味を惹く単語を探しつつ流し読みする
見出しとその周辺をサーチしながらスクロールして行く。
もちろんこの読み方でも、気になる見出しや単語で立ち止まり、そこからじっくり読むこともあります。
あるいは「この文章はこの読み方ではいけない」と思い直し、冒頭から姿勢を正して読むことも。
逆に、そこまでは読み込まないことも。
これらの行為は決して「読んでいない」わけではありません。
でも、果たして「読んだ」と胸を張って言えるのか。
この「読んだ」と「読んでいない」の間にある読み方って、ネット時代特有だな、と思うのです。
※便宜上、この記事では「間の読み方」を、これ以降「読んだにゃい」と表記します。
もちろん、記事を開いた以上、すべての文章を熟読するのが理想だとはわかっています。
でもこの時代。
1日にネット上に増えていく情報の量は数百万TB、とも言われています。
そして現代人が一日に触れる情報は平安時代の人の一生分だとも。
我々現代人は情報の洪水の中にあって、押し流されないように、そして必要な情報を取り入れようと必死です。
そんな中、どうしても取捨選択が生じます。
そのため「読んだにゃい」を私個人としては否定しません。
ただ、強く感じるのは「読んだにゃい」記事には、一定割合で、ちゃんと読んだ方が良い記事(=今の自分に必要な記事)が含まれているのだろう、ということです。
だから、必要なのは直感を磨くこと。
自分にとって…
楽しい、気づきがある、気持ちを揺さぶられる。
そんな記事を発見できる「新しい視力」を鍛えること。
「読む」と即断できる記事は、間違いなく必要な記事。
「読まない」と即断できる記事は、今の私には不要な記事。
大事なのは
「読んだにゃい」としがちな記事から、どれだけ「読む」記事を発掘できるか。
これが、情報過多の時代の現代人に求められる読書スキルなのかもしれない。
そんな風に思うのです。
この記事はこちらのマガジンに掲載されています。
いいなと思ったら応援しよう!
応援お願いします▶いただいたチップの使い道▶今後も面白い記事を書くための資金(書籍・体験してみた・AI課金等)として▶他のクリエイターさんへの応援(チップ)として←エールの好循環!