noteの魅力はでんでんさんが教えてくれた。
【940文字・2分】
数年前『おかえりモネ』という朝ドラがありました。
この作品で俳優のでんでんさんは、漫画家の石ノ森章太郎さんの大ファンの役でした。
作中に、私が忘れられないシーンがあります。
石ノ森章太郎の原画を眺めつつ、でんでんさんが
「雨のシーンが良いんだよなぁ」
とため息混じりにつぶやく。
ハッとしました。
石ノ森作品をそういう目で見たことがありませんでした。
そして、急に読みたくなりました。
さらに、他の作家の漫画作品でも、雨が綺麗な漫画を読み集めたくなりました。
でんでんさんがつぶやくそのシーンは、ドラマ全体を見渡した時にそれほど大きな意図のある場面ではなかったように思います。
おそらく全編を通して見た視聴者の方でも、忘れておられる人もいるでしょう。
ただ、私はそのシーンに、「体験に基づいたリアルな心情の吐露」を感じました。
ふと思うことがあります。
これって、noteの魅力に似ているな。
noteの中では、いつも、どこかの誰かが何かを語っている。
私を含む読者たちは、それを「他者の実体験」として受けとめる。
感情移入し、新しい見方を得る。
それこそ、リアルなたった一言のつぶやきで「何かの良さ」を発見し、手に取ってみたくなったり。
この、生の声を無防備に受け止める行為は、いわゆる「読書」とは異質なものに感じます。
もっとも大きな違いは、発信者は必ずしも誰かに何かを付与しようとはしていないこと。
書籍の作者は明確な意図をもって読者に語りかけます。
それに対して、noteのクリエーターは体験を語ります。
そのときの気持ちを、ただ伝える。
それだけのこともあります。
でも。
いや
だからこそ、響くことがあります。
いうまでもなく『おかえりモネ』のでんでんさんは、個人の感想をつぶやいたわけではありません。台本に書かれていたセリフを言ったのです。
でも、そこにあった光景は、まさにnoteでよく発生しているそれでした。
別段、でんでんさんが物語の中の誰かを説得する意図も、教示する意図もありませんでした。ただの、作為なき生のつぶやき。
作為ではないものが伝播する。
そして誰かの心に響き、行動を変える。
今日は、noteの魅力を再発見した日。
さて。
私の、この作為を持たないつぶやきは、誰かの心に響くでしょうか😊
この記事はこちらのマガジンに掲載されています。
いいなと思ったら応援しよう!
応援お願いします▶いただいたチップの使い道▶今後も面白い記事を書くための資金(書籍・体験してみた・AI課金等)として▶他のクリエイターさんへの応援(チップ)として←エールの好循環!