○六十花甲子と守護神法その7 (三)『陰と陽が交互に並ぶものは連続性がでる:番外編(ジブリ・「ゲド戦記」と算命思想)』
六十花甲子と守護神法の番外編で、算命学上級陰陽思考法になります。ご興味ある方のみお読みになってください。
本題に入る前に、ゲド戦記の主な登場人物とあらすじです。
① アレンは、17歳でエンラッド王国の王子。精神病で父親を殺害
② ハイタカは世の中の均衡が崩れつつある元凶を探す旅をしている大賢人。
③ テナーはハイタカとは旧友の仲で、彼のよき理解者。旅の途中のハイタカとアレンを家に迎え入れます。
④ テルーは、テナーと共に作物や羊を育てて暮らしているが、特に自分の命を大切にしない人間には容易に心を開かず、両親に虐待された末に捨てられた辛い過去を持つ。
⑤クモは、永遠の命を得るために、禁断の生死両界を分かつ扉を開いた魔法使い。
かつて魔法を濫用したが、ゲド(ハイタカ)に阻止されたため、密かに彼に復讐する機会をうかがって彼をとらえる。
あらすじ(要約)
エンラッド王国では、世界の均衡が崩れ疫病や干ばつなど数々の災厄に見舞われていました。国王は、人々を安心させるため凛とした姿勢で原因追及に務めます。
国王の息子アレンは精神を病み突如父親を殺してしまいます。取り返しのつかない事態に恐れ、父親の魔法の剣を抜き取り王国から逃げ出しました。
生きる希望を失う中、アレンは偶然にも魔法を使える大賢人のハイタカと出会い一緒に旅をして心境に変化が芽生えます。

二人はハイタカの昔なじみのテナーの家に泊まる。
このテナーの家には、幼い頃火傷を負い、道端に捨てられていたところをテナーに拾われ、育てられたテルーがいました。
テナーは、命を粗末にするアレンを嫌っていたが、テルーもまた自分のように心に傷をもった人であると知ると、のちにアレンに歩み寄るようになる。
一方、世の中の均衡を崩している元凶の魔法使いクモは城に住み、テナーを捕まえかつて自分の権力の邪魔をしたハイタカを引き寄せ二人を処刑しようとする。その直前で、テルーの説得により我を取り戻したアレンは、魔法の剣を使いテルーの力を得てクモと戦いテナーとハイタカを救いテナーの家に帰還します。世界に均衡を取り戻したアレンは、自分の罪と向き合うためにエンラッドに戻る決心をし、テナーとの再会を約束します。

それで、ここからは算命学の陰陽思考法です。
陰陽論の一般の意味は、陰陽 - Wikipediaなどでご確認いただいて、
朱学院算命学の理論に沿って私なりに話をすすめてまいります。
算命学の法則に、
「陰と陽が交互に並ぶものは連続性がでる」があります。
(朱学院教科書 算命学第一巻 「陰陽論」から)
つまり、陰陽が交互に並ぶことで、その現象が保たれる。
昼と夜ならそれが交互にやってくることで生活の連続性がうまれる。
これが、一日という同一の基準で同一現象が途切れることなく保たれる。
なので、陰は陰のみ、陽は陽のみで保たれるわけではない。
これをアニメ「ゲド戦記」とともに考察します。
前号、六十花甲子と守護神法その7 (ニ)手嶌葵/歌と相性 の最初に掲げたショート動画のやりとりにある、
アレンが「人はいつか死んでしまうのに命を大切にできるのかな?」
これに対しテルーは、永遠の命であればその命を大事に思う必要がなくなるし、命を活かす必要もなくなる。
だから、「死ぬことがわかっているから命は大切にできる。」と答える。
それで、アシタカが、人の命は「我々が天から授かった素晴らしい贈り物なのだ」と。
これを、ひとことで言い換えると、自然がくれた命は死があることで均衡が保たれる。
それで、不死の魔法を手に入れた魔女クモが世界に災害を呼び起こした張本人(代表)だとされたわけです。
その結果、アレンたちが、この悪魔を征伐して世の中の均衡を取り戻すという話になっています。
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陰陽論では
陰陽が一体となって事象が成立するためには、陰は陽を呼び、陽は陰を呼ばなければならない。
そうすることで、陰・陽・陰・陽のごとく生と死が交互に並び繰り返され均衡が保たれる。
それで、連続性がでる。
これは、生の中においても命をまっとうするためには前進が必要であり絶えず陰陽の繰り返しがおこなわれる。
なので、
たとえ、六十花甲子や守護神法を学ばれて、「私、とってもよくない宿命なの」だとしても、それがずっと続くわけではないので改良の余地を示すことができるわけです。
(続く)
