七月、新しい村上春樹と、ねじ花の咲く朝
七月、村上春樹の新しい長編小説が発売された。
新しい物語が、この世界にまた一冊増えた。
そんなことを思いながら、朝、庭へ出ると、足元に小さな花が咲いていた。
ねじ花だった。
毎年この季節になると、誰に知らせるでもなく、庭の片隅に静かに姿を現す。
わざわざ探しに行ったわけではない。
そこにある日常の中で、今年もまた出会えた。
私はカメラを向けた。
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若い頃、『ノルウェイの森』を読んだとき、それは恋愛小説だった。
直子と緑。
どちらを選ぶのか。
そんなことばかり考えていた。
でも、歳を重ねて読み返すと、見えてくる景色は少し違っていた。
あの物語は、誰かを選ぶ話ではなく、悲しみや喪失を抱えながら、それでも生きていく人間の物語だったのだと思う。
現実は、小説のようにはいかない。
忘れられない人もいる。
思うようにならない日々もある。
それでも朝は来る。
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村上春樹の小説を読んでいると、いつも音楽が流れている。
ジャズ、クラシック、そしてロック。
私の中では、ときどきベルベット・アンダーグラウンドやニコの静かな歌声が重なる。
派手ではない。
少し影があって、どこか寂しい。
それでいて、不思議と心に残る。
ねじ花も、そんな花だった。
誰かに見てもらうためではなく、庭の片隅で静かに咲いている。
近づいてみて初めて、その美しさに気づく。
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ねじ花は、まっすぐには伸びない。
小さな花をひとつずつ咲かせながら、ゆっくりとねじれ、空へ向かって伸びていく。
その姿を見ていると、人生も似ていると思う。
思い描いたようには進まない。
遠回りもする。
立ち止まることもある。
それでも、人は少しずつ前へ進んでいく。
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七月、新しい村上春樹の物語が始まった。
私は庭で、小さなねじ花を撮った。
作家は言葉で季節を残し、
私は写真で季節を残す。
表現する方法は違っても、見つめているものは案外同じなのかもしれない。
物語は、遠くにあるものではない。
庭の片隅に咲く一本のねじ花から、静かに始まることもある。
