●「青桜」頌 ー海邦の美酒に酔うー
琉球泡盛の古酒に、「青桜」という銘がある。
那覇市の「古酒家」に置いてあったから、古酒ということにする。
では、青桜とはなにか?
謂れを知らぬまま、あれこれと妄想をめぐらしてみる。
まずは、青い花をつける桜のことだろう。もっとも、実在すると仮定しても、あまり美しいイメージは、期待できそうにない。
「青い薔薇」の連想があるからだ。
1955年に初めて日本で公開された青い薔薇「プレリュード(メイヤン社作出)」について、作家中井英夫は、以下のように述べている。
【あいにく皆の前におかれていたのは、崩れかけのアジサイとでもいうような、淡い紫というよりは、薄クリーム色がグレイに変色しかけた、何とも形容の付かぬ種類の花であった。】
2004年に日本の企業が、「青色色素が花びらに存在する、世界初の青いバラ」の開発成功を発表した。
しかし、その花もまた、やはり薄紫を引きずっていて、誰が見てもただちに青、と呼びうる色ではなかった。
同じバラ科の桜についても、おそらく事情は同じではないだろうか。
次に、青空と桜の対比を愛でた名前と考えてみる。
空の青と花の色の明度を、心の中で同じにして、二つの色を置き換え可能なものと思い描く。
図と地は融通無碍に行き来する。
ひとつは彩度を高く、もうひとつは低くとり、二つを交錯させれば、目も綾な人工の美が現出する。
そこに注目したネーミングがあって良い。
沖縄旅行の折、観光バスの出入り口に、何本買うといくら、という割引チラシが、日に焼けて反り返り、砂をかぶってザラザラしていたから、「青桜」は、美味であるが、気取らない酒なのだろうと思った。
送料をかけるまでもない。東京に帰って買うことにしよう。
ところが、意外なことに、都内の沖縄物産店で、この酒を求めることはできなかった。
酒の作り手は、東京が嫌いなのかも知れない、と勘繰ったとき、「青桜」とは、桜であって桜でない、「アンチ桜」を指すのではないか、と思い当たった。
桜は、月並みすぎて恥ずかしいが、やまとんちゅーの象徴。アンチ桜とは、うちなんちゅーのことである。
日本でありながら、日本ではない。
琉球の誇りを込めた、反骨と独立不羈の思いを秘めたネーミングなのではないか、と想像した。
そう考えれば、沖縄に買いに来る客には頒けるが、みずから進んで「本土」に売りに出かけることはしない、という態度にも合点がいく。
このことを蔵元に問い合わせたと仮定しても、その通りです、という答えは得られまい。
そもそも蔵元(うるま市の神村酒造)の公式サイトに、「青桜」は載っていない。
神村酒造は、明治15年に那覇市で創業、とある。廃藩置県、いわゆる「琉球処分」の3年後のことである。
妄想は妄想のままに措いて、美酒を酌む。
味を壊さないように、常温で生のままを口に含む。水はたっぷり添える。
「青桜」には、揚げたてのサーターアンダギーがよく合う。
かすかな甘みが、ほのかな甘みを携え、ともに引き立て合って、酔いの中を進んでいく。
揚げ屋が開いている間、近くの腰かけに長っ尻を据えたいと願っても、そう都合よく運びはしない。
振り仰げば、花の盛りは、もうとうに過ぎて、若葉が陸風にそよぐ音が、砂浜の波音に重なって聴こえる。
眼を閉じると、夜空いっぱいに、満開の青い桜が、天蓋を覆い尽くしていくのが見えた。
