突然の出題(回答はお手元のフリップにお書きください)
ケガって怖いよね
大相撲・九州場所が真っ盛りである。
応援している力士が、二日目の取組で大ケガをした。
膝の靭帯を損傷。そのまま休場して、全治3か月とのこと。
この3か月というのは、あくまでも日常生活が支障なく行えるレベルであって、力士はそこからまた落ちた筋肉を戻し、稽古を恐る恐るこなしながら復帰を伺う、といった段階を踏む。
土俵復帰は半年後位になるのかなぁ…今は一刻も早い回復を願うだけだ。
自分も靭帯を損傷したことがあって、それは23歳のこと。
バイトの昼休み、ちょっと腹ごなしに裏の空き地でキャッチボールをすることになった。
草野球をバリバリやっていたから、自分の車には常に野球道具一式が積まれていて、さらにその日はチームから預かったキャッチャーミットまでトランクに入っていた。
学生時代も、そして草野球でも90%ピッチャーしかやってこなかった自分は、新鮮な気持ちでキャッチャーミットを手にはめてテンションが上がっていた。
そして同僚が投げる球を受けながら、自分の経験上どういう声を掛けられたらピッチャーは気分が乗るかを分かっているので、
「いいボール来てるよ!」
「オッケー!このコースは手が出ない!」
などと、いっぱしのブルペンキャッチャー気取りでミットを鳴らしていたのである。
そんな声掛けに気分を良くした同僚が、不意にカーブを投げて来た。
受け手の俺に「次、カーブ投げるよ」とも言わずに。
経験者なら分かると思うが、これはご法度である。
「とんねるずのスポーツ王は俺だ!」の「リアル野球BAN」でも、マシンのピッチングボタンを押す前に、マイクに向かって小声で「カーブいきます」と伝えているのを観たことがあると思う。
あれ、キャッチャーのイヤホンに言ってるんですよ。
球種が分かった上で受けないと危ないから。
そんな無法者カーブを、俺は「おっと!」と何とか取ったのだが、ミットの中で親指がグニャリとした。
「イテテテ!駄目だよ、黙って曲げたら!」
痛がりながら怒ったが、同僚はテヘペロくらいのリアクションだ。もう!
そのまま切り上げて午後の仕事になったのだが、時間が経つにつれて痛みも増し、さらに患部がパンパンに腫れてきた。
あまりの膨らみ具合にびっくりして「こりゃ折れてるか?」などと思ったけれど、俺はそれまで骨折の経験が無かったので、よく分からないまま不安だけが募った。
さてここで問題です
さすがに早退して、職場近くの整形外科へ行った。
レントゲンの結果、骨に異常はなかったが、お医者さんから「親指付け根の靭帯が延びちゃってる。靭帯損傷だね」と宣告された。
骨折じゃないことへの安堵と、それでも痛い左手に複雑な心境で聞いていると、先生が続けて、
「このままシップなどの自然治癒で行くならば、全治6か月。でも、手術をすれば全治1か月です」
と言ってきた。手術…怖い。
「いや、このままゆっくり治します」
そう返答すると、先生は頷きながら
「うん、まぁそうでしょうね。私は今まで同じような親指付け根の靭帯を損傷した患者さんを何百人も診てきましたが、手術を選択されたのはお一人だけです」
と言った。さらに、
「その方も左手でした。即答で、”すぐに手術をして下さい!一日も早く治したいんです!”って言うんですよ」
「へー、そうなんですか」
俺は痛さをこらえて話を聞いていた。
「さて、その唯一手術を選択した、患者さんの職業は何でしょう?」
「え!?」
突然のクイズに驚いた。
先生は俺の回答をニコニコしながら待っている。
回答者が俺だけで良かった。もし複数人での早押しだったら、思わず痛めた左手でボタンを押して悶絶していたかもしれない。
急な展開だったが、クイズマニアの俺は燃えた。
勉強には活かされなかったけど、雑学・豆知識系なら得意だ。
(まず問題にするってことは、ベタにスポーツ選手とか料理人が答えではないな)
(でも手が重要な職業なのは間違いない…何がある?)
(自然治癒を待てない、一日でも早く…毎日手を酷使する仕事?)
俺は脳をフル回転させて、ひとつの答えを出した。
「ピアニスト?」
先生はニコニコしたまま
「違いますね~(笑)」
と嬉しそうに言った。俺は今、一体何をしているのだろう。
今までも皆にそうしてきたのか、先生は少し得意げに
「降参ですか?もう答え言っちゃう?」
と煽ってくる。
悔しいが手が痛く、早く治療して貰いたいので降参した。
「…正解は、牧師さんでした!」
「牧師さん…教会の?」
「そう。牧師さんは毎日祈りを捧げます。その時、右手で十字を切りますが、痛めた左手では重い聖書を開いたまま持てない、と言うのです」
と、慣れた口調で解説をしてくれた。
「はー!なるほどー!」
思わぬエピソードに深く感心すると、先生は満足したように俺を見ていた。今まで正解した人はいないそうだ。
そして先生は上機嫌でテキパキと治療してくれた。
この問題、もし俺が正解していたらどうなったのだろう…。
包帯の巻かれた左手を庇いながらの帰り道、とても良い話を聞いて不思議な満足感があった。
これぞケガの功名?ちょっと違うか。
ちなみにこのクイズ、俺も何十人もの知り合いに出してみたが、正解した人は誰もいない。得意げになる先生の気持ちが少し分かった。
その後、全治6か月と言われた左手は、たったの3週間で完治した。
もちろん仙豆も食べていないし、ベホマの呪文も使えない。
でも嘘だろ、手術した場合の1か月より早いじゃんかよ。
多少、医者は大げさに言うのかもしれないが、それでも3週間だぜ?
くそーあのクイズ医者、ヤブかよ!と憤ってみたものの、思いのほか早く治って良かったのは事実だ。
そして、不自由のない日常生活が戻ってきた嬉しさが込み上げてくる。
俺はクルクルと親指を動かして、完全回復の状態を確かめると、
「神のご加護があったのかな」
と敬虔な気持ちになり、右手で慣れない十字を切った。
アーメン。
(おわり)
