量産されるペーパー参謀と、死の谷に陥る新規事業を救う5つの線引き『インセプション』
伝統化したビジネスコンテストの実情
社外から大企業の新規事業立ち上げの支援に入ったときの話です。
「全社で文化を醸成し、イノベーションを起こす」そんな威勢のいいスローガンのもと、経営企画が仕切るビジネスコンテストが毎年開催されていました。社内のe-Learningには最新の講座が並び、テストで高得点を叩き出す優秀な社員たちが大勢いました。
しかし、事務局からレビュー依頼されるエントリーシートを開くたび、私はクライアント企業が私のような外部人材の活用を考えた背景を目の当たりにしました。
そこにあったのは、泥臭い顧客検証や一次情報の調査を一切スキップした、ハリボテのアイデアだらけだったからです。
事例コピペで探索をハックする人々
エントリーされるアイデアの8割から9割は、結局のところ「既存事業の業務改善」か「既存製品のマイナーチェンジ」でした。残り1〜2割の案も、中身を紐解くと殆どが海外や他社の真似事に過ぎません。
「海外のスタートアップでこのビジネスが伸びているから」
「競合のA社が似たサービスをリリースしたから」
起案者は顧客のリアルな痛みに向き合うことを避け、他社の成功事例をコピペすることで「泥臭い探索」をショートカットした気になっていたのです。
知識だけを詰め込んだ社員たちは、「アジャイル」や「デザイン思考」という言葉を身にまとい、自分の履歴書に「新規事業立ち上げに携わった」というラベルを貼ることだけに夢中でした。
既存の重力が、挑戦者の足を引っ張り続ける
なぜ、こんな空洞化が起きるのか。社外から支援に入る中で見えてきたのは、会社の構造そのものが新規事業を拒絶しているという事実です。
運良く審査を通過し、事業部にアイデアの実行を任せようとしても、彼らの首根っこを掴んでいるのは当期の既存売上目標でした。新規事業にいくら時間を使っても社内評価には一切反映されず、むしろ既存の数字を落とせば厳しい追及が飛ぶ。そんな環境で、誰がリスクを取って先の見えない冒険に挑もうとするでしょうか。
会社が将来のためにと思って作った全社公募のスキームは、何年にもわたりただ現場を疲弊させ、誰も実行に回らない「死の谷」を広げているだけでした。
『インセプション』(2010年公開) 監督: クリストファー・ノーラン ジャンル: SF・アクション 評価スコア: IMDb ★8.8/10 ・ Filmarks ★4.1/5 概要: 他人の夢の中に潜入し、対象の深層心理に直接アイデアを植え付ける極秘作戦を描いたSF大作。深い階層へ潜るほど現実の時間が引き伸ばされ、判断ミスひとつで二度と戻れない「虚無」へと落ちていく恐怖と、設計図の狂いがもたらす混乱を描く。
階層を深く潜るほど、現実の重力が襲いかかる
『インセプション』では、ターゲットの深層心理にアイデアを植え付けるため、夢の第1階層、第2階層、第3階層へと深く潜っていきます。しかし、階層が深くなるほど設計の難易度は跳ね上がり、主人公の過去のトラウマが侵入して作戦を脅かします。
新規事業の立ち上げもまったく同じ構造です。
第1階層:綺麗なスライドと教科書通りの手法
第2階層:既存事業の評価軸や商慣習という引き戻す力
第3階層:定款やセキュリティ規程などの動かせない基盤
上辺だけの「アジャイル」という手法や掛け声は、第2階層・第3階層に潜んだ現実の重力にあっけなく押しつぶされます。
自由にいじれる検証環境を用意しつつも、絶対に破綻させてはならない社内基盤(第3階層)との境界線を正しく引けない設計は、ただの暴走です。どれほど画期的なアイデアであっても、基盤を無視して突き進めば、現実の重力にあっけなく潰されます。
ハリボテの夢から目を覚まし、泥臭い構造を組み直す
全社運動のような「文化醸成」という生ぬるい目的を捨て、事業創出だけに目的を絞り直す。そのためには、綺麗事の理論を全て捨て去る覚悟が必要でした。
1〜2割しか存在しない「本当に既存とは別の収益の柱になり得るアイデア」を拾い上げ、既存事業の評価軸から引き剥がすこと。そして、テストで高得点を取るだけのペーパー参謀ではなく、泥水をすする覚悟のある起案者に自らメンバーをスカウトさせること。
教科書通りの正論に嫌気がさし、社内の政治と既存の重力の中で「どうやって1ミリでも生きた事業に近付けるか」、孤軍奮闘しているあなたにだけ、私が現場で血を流しながら手に入れたリアリズムを届けたいと思います。
綺麗事を捨て、現実の沼で「勝ち筋」を拾い上げる手順
既存事業の評価軸で測られ、社内政治に縛られ、形だけの「アジャイル研修」でハイスコアを取った社員が何時間議論しても、新しい事業は生まれません。
私は「イノベーション文化の醸成」というお題目を、真っ先に切り捨てることを提案しました。外部環境の変化から、目的を「事業創出」一つに絞らないと長年続いてきたビジネスコンテストの存続も怪しいという見立てがありました。
会社のリソースを使いながら本気で立ち上げる覚悟のない案件は、一件も支援する必要はありません。
社外から支援に入る中で、私がビジネスコンテスト事務局の経営企画と徹底したのは、既存のルールとの線引きでした。
プロパー社員が大半を占める組織において、全員に参加権を与える公募スキームはただのポーズに過ぎません。最初から1割の異端(その多くは中途社員)の後押しに狙いを定めました。
一番の難所は、社内政治との戦いです。「事業部の目標がある」「既存の評価と噛み合わない」という現場の反論を突っぱね、人事を巻き込んで既存の評価体系から防波堤を立てました。新規事業用の予算も事業部の財布から引き剥がし、経営企画で使途を限定した検証枠として確保し直したのです。
ただし、どんなに既存のルールを破っても、セキュリティと社内規程の制約だけは絶対に死守させました。
大企業が持つ最大の武器は「信用」です。外部ツールを活用し、営業秘密や顧客情報の漏洩、マルウェア感染でも起こせば、シード案件どころか「会社が挑戦する機会」そのものが永遠に潰されるからです。既存のルールに抗いながらも、最後に会社を守る防波堤だけは絶対に切り崩してはいけません。
ビジネスコンテストの有用性をチェックするリスト
会社で運用されている新規事業スキームやコンテストが、形骸化していないか点検するためのチェックリストです。
起案者の「目的」がすり替わっていないか
起案者が「本気で立ち上げたい人」ではなく、研修やe-Learningでハイスコアを取った「履歴書のラベルが欲しい人」ばかりになっていないか。9割の企画が「既存のマイナーチェンジ」に留まっていないか
エントリーされるビジネスアイデアが、既存事業の業務改善や、競合・海外事例のコピペばかりになっていないか。実行フェーズで「誰一人として動かない状態」になっていないか
審査を通った案件を事業部に渡した後で、現場が当期の売上目標に追われ新規事業の推進が放置されていないか。
ビジネスコンテストを死の谷から救う「5つの線引き」
既存の重力に押しつぶされず、事業創出に特化してスキームを回すための判断基準です。
目的:文化醸成を捨て「事業創出」に絞る
推進者は全員参加のイベント化をやめ、本気で事業化を目指す1〜2割の起案者だけにリソースを集中させる。組織:チームをあてがわず「起案者のスカウト制」にする
起案者自身がMVP(最小プロダクト)まで手を動かし、価値観の合う3〜4名の精鋭を自ら集めてチームを作る。評価:既存の評価軸から引き剥がし「賞与」で報いる
事務局(経営企画)で既存目標とバッティングしない専用評価を用意し、成功時は給与ではなく賞与でダイレクトに還元する。予算:事業部に渡さず、事務局で「検証用」に限定して確保する
事務局(経営企画)は1案件あたり数百万円の初期予算を確保し、社内会議や検証ではなく外部調査や探索の用途に限り、予算を承認する。安全:開発の自由を許しても「セキュリティ基盤」は社内アセットを使う
起案者は検証スピードを上げつつも、情報事故を防ぐためにセキュリティだけは社内インフラを徹底活用する。
「キック」で夢から目覚めた後、あなたは何を動かすか
社内の新規事業は、どんなに正しく整理された理論を並べても、現実の重力を無視して絶対に立ち上がりません。
海外事例や他社サービスのコピペという夢から抜け出し、自らのアイデアを金を産む事業に1ミリでも近付けるために、あなたは明日どんな線引きに向き合いますか?
もし、この思考の跡があなたの「武器」や「盾」の一助となったなら、「スキ」をいただけると幸いです。
画面の向こうに、同じ景色を見ている誰かがいる。それだけで、明日もまた現場に立てる気がします。
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泥沼の開発現場を動かす技術・プロダクト戦略論
本当に価値あるものをつくるために、現場は何を捨てるべきか。 アジャイル開発の罠、形骸化したスクラム、技術負債、生成AIへの適応など、プロダ…
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