小説、修理を通じて繋いでいくもの「第二章」
きっかけ
「おはようございます!」
次の日、自分の部屋のドアを開けながら元気に挨拶した。時差ボケも意外と大丈夫だった。
「……おはよう」
反対に一哉さんはソファに座って、コーヒー片手にテンション低めの挨拶を返してくれた。
「コーヒー美味しそうですね。私も飲みたいです」
と言うと、一哉さんは無言でキッチンを指差した。コーヒーメーカーが置いてある。私は食器棚から持参していた自分のマグカップを取り出し、コーヒーを注ぐ。そして食パンをトースターに入れた。
食べ物は基本自由に食べたり飲んだりしていいが、取られたくないものには自分の名前を書いておくという、シェアハウスではよくあるルールを話し合って決めた。そして光熱費は折半。私は住まわせてもらう立場なので家賃も払うと言ったが、いらないと言われ私の負担は結構少ない。
昨日はずっとという言葉に嬉しくなったが、その言葉に甘えてたら駄目だよね。家探さないと。ということを考えていると、パンが焼き上がった音がした。
ここにはダイニングがないため、ローテーブルの上にコーヒーとパンを置き、カーペットに座る。そして、テーブルの上に置いてあるピーナッツバターを手に取りパンに塗った。私はパンを齧りながら、一哉さんに話しかける。
「思い出したんですけど、タンス裏に入った私の百円って取れます?」
「あれか。……どうしても百円取りたいか?」
ソファと床に座っているため、私は一哉さんに見下される形に。足も組んでいるからか威圧感がある。
「いえ、どうしても絶対に取ってほしいとは思ってないです」
会話終了。その後は無言で食べ続け食後のコーヒーを飲んでいると、今度は一哉さんから声をかけられる。
「別に俺、怒ってないからな」
何故そんな結論になったのか分からないが、私は頷いた。それを見た一哉さんは隣の席をポンと叩く。
「こっち座れば。この角度のままだと喋りづらい」
「え?あ、はい。失礼します」
立ち上がって隣に座る。やっぱり近くで見ても美人だ。まつ毛長いし、肌も綺麗で羨ましい。まじまじと見ていると、急に一哉さんがこちらを向く。眉間にシワが寄っている。
「なに」
「色々羨まし……じゃなくて、何か話があるんじゃないんですか?」
中途半端に止めた言葉にますますシワが寄ったが、ため息をついただけだった。
「……仕事について話そうかと思って。でもそろそろ開店時間だから下、降りるぞ。そこで説明する」
「え。私、隣に座った意味ないですよね」
私の発言を無視し、一哉さんは階段を降りていった。
私は一旦自室に戻り、タブレットを持って彼の後を追いかけた。下に降りると、一哉さんは既に作業用のエプロンを着けていた。そして私の手元を見て首を傾げる。
「タブレット、持ってたのか?」
「バタバタしてて、タブレット持ってきてたこと忘れてました」
苦笑いして答えると、一哉さんはそれ以上聞いてくることなく仕事内容の話が始まった。
「営業時間は十時から十八時。桜花さんには掃除と帳簿をつけてほしい。あと接客も」
「分かりました」
「修理と買い取りに来たら呼んでくれ。まあ、そこまで忙しくはないと思う。桜花さんも仕事あるならここでやっていいから」
私が頷くと、一哉さんは作業部屋に戻っていった。カウンターの丸椅子に座り、タブレットを開いてメールをチェックする。何通か来ていてそれに全て返したあと、掃除に取り掛かった。
一哉さんが言っていた通り、本当に忙しくない。そのため掃除もあっという間に終わり、自分の仕事が捗った。
私の仕事はファッションデザイナーだ。今もフランス時代から私のデザインを気に入ってくれている人や、職場の仲間から依頼をいただいて描いている。
「もうちょっと裾部分は長いほうがいいかな……」
「桜花さんって、デザイナー?」
一哉さんの声がして顔を上げると、真横に立っていた。彼の手元にはゼンマイで動くおもちゃが握られている。
「はい。私、ファッションデザイナーの元アートディレクターなんです」
私は胸を張って言ったが、一哉さんは知らないのか、無反応でおもちゃを商品棚に並べにいった。
「その役職名は知らないが、桜花さんは服が好きだということは分かる。やっぱり売らなくてよかったな」
「そうですね。本当にありがとうございます」
本当に売らなくてよかった。私が微笑みながらお礼を言うと目を逸らされた。別に逸らさなくてもいいのにと口を尖らせたその時、来店を知らすドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま、せ?」
私が疑問符でそう言ってしまったのは、来店した人が向かいの花屋さんの佐倉さんだったからだ。そんな私の言い方に佐倉さんは笑い声を上げると、この店の空気がふわっと温まった。
「桜花ちゃん面白いね!お客としてか、ただ覗きに来たのか迷っちゃった感じ?」
まさにその通りだったので頷いた。
「僕が今日来たのは、お客としてかな」
と言うと、佐倉さんは椅子に腰掛けた。私は彼にお茶を用意しようと立ち上がる。私が背を向けると、一哉さんと佐倉さんの会話が始まった。
「もう緩み始めたのか」
「そう。それと何かギシギシって音もし始めたんだ」
何の話だろう。ドアの立て付けが悪くなったのかな。
お茶を注ぎカウンターにコップを置くと、椅子に座り二人のやり取りを見守る。すると、一哉さんは佐倉さんの前に跪き、急に彼のゆったりとしたジーンズの裾を捲くり上げた。何してるんですかと言いかけたが、その驚きは消えてしまった。なぜなら、
「あ、佐倉さんって……」
佐倉さんの左足は義足だったからだ。
「あ、びっくりしちゃった?これ、中学時代に事故で左膝から下失くしちゃって。でも右足は骨折で済んだから不幸中の幸いだよね」
明るく話す佐倉さんに私は何も言えなかった。
「じゃあ、修理するから」
一哉さんは装具を持って作業部屋に戻っていった。何の話をしたらいいんだろう。私があまりにも挙動不審だったのか、佐倉さんはまた笑った。
「まあ、僕は障がい者だけど普通に接してね。変に気遣わなくていいから」
「はい」
私が頷くと、佐倉さんは微笑んだ。
「あ、そうだ。知ってる?一哉が修理屋始めた理由」
首を横に振る。
「実はその理由はね、僕がきっかけなんだよ」
佐倉さんは嬉しそうに自分自身を指差した。
「僕が事故にあって義足になったとき、あいつ『修理屋になって純平の足を守るから』って言ってくれてさ」
思わず作業部屋で修理する一哉さんを見た。
「それでね、僕がこの商店街に戻ってきたとき、一哉が修理屋になるって話で持ちきりでさ。何にも興味を示さなかったあの一哉が自分のしたいことを見つけたって。特に中野さんが喜んでたな。で、高校卒業後にここに移動してきて、修理の腕も磨いて、今の一哉がある。ネットやってないのに口コミだけで修理に来る人もいるんだよ。後は愛想だけだね」
「あはは。そうですね」
「……実はあの装具、もう変えどきなんだけど、一哉が丁寧に修理してくれるから長持ちするんだよな」
カウンターに頬杖をつき、作業部屋の方を見て話す佐倉さんの言葉の端々に、一哉さんを本当に信頼しているという思いを感じた。
「あ、それでね」
「よく喋るな。桜花さんを困らせるなよ」
いい話を聞かせてもらったけど、私も同じ事を思い苦笑いすると、いいタイミングで修理を終えた一哉さんが装具を抱えて帰ってきた。
「だって桜花ちゃん聞き上手だし、まだ話し足りないんだけど」
「昼休憩終わりだろ。つけたら帰れ」
佐倉さんは装具を受け取り義足をつけると、店を少し歩き回り確かめていた。
「うん。音も鳴らないし緩んでもこない。ありがとう、流石だね」
「これぐらいすぐ直せる」
腕を組んでぶっきらぼうに言っていたが、少しホッとしたような表情を見せた気がした。
「それじゃあ……」
と、ジーンズの裾を戻し佐倉さんが帰ろうとしたときドアベルが鳴った。
「カズ、昼ご飯持ってきたよ!ってジュンもいるじゃん。でもジュンの分は持って来てないからね!」
ドアを開けながら弾丸のように喋る女の人が入ってきた。年齢は私のお母さんと同い年ぐらいか。
「中野さん。桜花ちゃんびっくりしてるから」
この人が中野さんか。その中野さんは私の方を見て驚く。
「え!誰この子?」
「ア、アルバイトの愛野桜花です」
「えぇ!?アルバイト!?ちょっとカズ!こんな若い子どうしたの!」
一哉さんは、物凄い形相で詰め寄る中野さんにも知らん顔をして彼女が持ってきた昼ご飯を見ていた。
「あの、アルバイトと住まわせてほしいとお願いしたのは私からなので、一哉さんは別に何も」
「えっ!一緒に住んでるの?」
佐倉さんは驚き、中野さんは私の両肩を掴んできた。
「どういう経緯でカズと出会ったのか教えて。あと、桜花ちゃんは何者?何でここに住んでるの?」
圧が凄い。そして中野さんの目は一言一句も聞き逃さないと言っていた。その時、タブレットからメッセージを知らせる通知音が。私はタブレットを手に取り、二人に見せる。
「私はフランスでファッションデザイナーをしていました。今もしてますけど」
「フ、フランス」
「ますます謎が深まったわ。何で今はここにいるの?」
「桜花さん。無理して話さなくていいから」
大丈夫ですと一哉さんに頷くと、彼は私達に背を向け、コンロの上にやかんを置いてお湯を沸かし始めた。
「私が戻ってきたのは、我慢の限界だったからです」
*****
私は小さい頃から服が好きで、将来は服関係の仕事に就くことが夢だった。
高校卒業後はフランスでファッションの専門学校で勉強しながらアパレルで働いていた。そして就職すると私のデザインが気に入られ、トントン拍子にアートディレクターという、会社でいうと係長クラスの役職に就いた。
だが、まだ若い私がその役職に就いたことを妬む人もやはりいて、その中でもアイラという私と同い年の彼女が最も嫌がらせをしてきた。そんな嫌がらせにも負けず、私は仕事で打ち返していった。そういったことを続けていると私に仲間が増え始め、嫌がらせが減っていった。
しかし、彼女だけには敵対心を向け続けられた。そしてある日、私の限界を超える出来事があった。それは、デザインの依頼が来たとき。
私もアイラもデザインを描いていて、選ばれたのはアイラだった。その時は素直におめでとうという気持ちになったが、彼女が描いた作品を見て驚愕した。その作品は私が描いたデザインだった。まだ下書きの段階だったため、管理が甘くなってしまった。これは私のデザインだと言ってくれた仲間が多くいたが、私はこの状況を逆に利用してやろうと思った。
それは全部の責任、役割を彼女に任せ、私は日本に戻るという考えだ。その考えが思い付いた次の日から、私は引き継ぎを全て終えると日本に戻ってきた。
*****
「そして日本に戻ると、実家が空き家になってて、熱中症で倒れたところを一哉さんに助けてもらったんです」
一通り話し終えると、佐倉さんも中野さんも難しい顔になってしまった。
倒れたときに見た夢は私自身が言った言葉だった。
「今は、いくら嫌がらせをされてたからって、全てを彼女に押し付けたことは申し訳ないと思ってます」
沈黙に耐えられずそう言うと、目の前にアイスコーヒーが差し出される。顔を上げると、一哉さんがこちらを見ていて、私はお礼を言って受け取る。
「一哉、僕達の分は?」
佐倉さんの問いかけを無視し、一哉さんはアイスコーヒーを一口飲んだ。
「あのね、」
中野さんが硬い表情で話し始めた。
「嫌がらせに耐えられなくなって我慢が爆発したことは分かる。でも、桜花ちゃんは服が好きなんでしょ?やっと掴んだ仕事なんでしょ?簡単に帰ってきたら駄目じゃない!」
中野さんにそう言われ涙が溢れ始める。仲間には申し訳ないことをした、本当は悔しい、その思いがずっと頭に残って離れなかった。すると私の頭に温かい手が置かれる。
「今もあなたに依頼してくれる仲間失っちゃ駄目よ。それに申し訳ないって思ってるなら、ここで頑張りなさい」
私は涙を拭って、しっかりと頷く。
「はい」
すると中野さんは微笑み、そして立ち上がった。
「桜花ちゃんの分の昼ご飯持ってくるわ。待ってて」
「あ、ありがとうございます」
中野さんが去ると店の中が静かになる。私は泣いたことが恥ずかしくなり、コーヒーをひたすら飲んだ。
「桜花ちゃんと一哉の仕事って何か似てるね」
佐倉さんの呟きに私は首を傾げる。
「だって桜花ちゃんは遠い場所にいる仲間を支えてて、一哉は修理で物を維持して支えてるでしょ?だから二人はいいコンビになるんじゃないかな」
「……佐倉さん凄いです。言葉が心に響きますし、何よりオーラが癒やされます」
「オーラって!でも嬉しいなぁ。あとさ、僕のことも純平って呼んでよ!一哉だけずるいじゃん!」
「あ、はい。よろしくお願いします。……純平さん」
改めて男の人を下の名前で呼ぶのは照れる。そう思いながら言うと、佐倉さ……、じゃなくて純平さんは顔が真っ赤になってしまった。
「待って!可愛すぎるんだけど!一哉どうしよう!」
「うるさい。帰れ」
「一哉、冷たい!桜花ちゃーん!」
どんな反応をすればいいのか困っていると、一哉さんの手が目の前に現れ、私と純平さんの間に壁ができた。
「だから桜花さんを困らせるなって」
「一哉って桜花ちゃんに優しいよね。人に興味ないのにさ、コーヒーも桜花ちゃんだけだし、同居にも驚いたんだけど。何で?生き別れた兄妹?それか桜花ちゃんのことが……?」
他の人にも優しいのかと思ってた。純平さんの冗談に一哉さんは何も答えず無言でコーヒーを飲みきり、立ち上がって背を向けた。私と純平さんは顔を見合わせ首を傾げる。その時、中野さんが戻ってきた。
「桜花ちゃんの昼ご飯持ってきたよ!ねぇ、一つ気になったんだけど、ちゃんと親御さんに連絡したよね?」
「はい、友達の家でお世話になるって言いました」
「まあ、知らない男の家に住んでるって聞いたら不安になるからそう言うわよね。もし何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
「あ、僕にも気軽に相談してね!」
「はい!ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。ここは本当にいい人ばかりだ。そして渡された昼ご飯の覗き込んだ。
「わぁ、サンドイッチ!美味しそう!」
「わたしパン屋やってるから買いに来てね」
「パン屋なんですね!買いに行きます!」
そして純平さんと中野さんは手を振って帰っていった。私も振り返した後、サンドイッチを取り出した。優しい雰囲気が漂うここで私は昼食をとった。
午後からは徐々にお客さんも来始め、そのほとんどが棚に並べられた商品を買いに来た人だった。ちょうど一哉さんも隣にいたため、教えられながら何とかこなし、あっという間に閉店の時間を迎えた。
「お疲れ」
「一哉さんもお疲れ様です」
お互い労ったあと、軽く掃除をして鍵を閉めた。
腕を上に伸ばし、窓から夕焼けを見る。ふと思い、エプロンを外している一哉さんに尋ねる。
「今日の夜ご飯どうします?」
「何か食べたいものあるか?」
「いえ。どうしましょうか。……そうだ、何か冷蔵庫に入ってます?それで何か作りましょうか」
私達は階段を上り、早速冷蔵庫の中身を確認する。
「じゃがいも、人参……、カレーかな。あ、玉ねぎもありますね。カレーにしましょう!」
「あ、うん。……あのさ」
「はい?」
じゃがいもと玉ねぎを手に振り返る。一哉さんは壁に凭れてこちらを見ていた。
「ここの人達、頼られることが嬉しいから遠慮せず相談するといい。まあ、その、俺とか、他の人でも」
「……ありがとうございます」
また優しい言葉に涙が出そうになる。私は玉ねぎを手に取り、豪快に切った。涙が出てしまっても、玉ねぎのせいにするために。
第三章に続く
