小説、修理を通じて繋いでいくもの「第五章」(最終話)
明かされる真実
花火大会から一週間が経ち、いつもの日常が戻ってきたある日。買い物から帰った私は、店の丸椅子に座っていた二人組のお客さんの顔を見て驚く。
「いらっしゃ……、え、お爺ちゃん、お婆ちゃん!何でここに!?」
この二人は、お父さん側の祖父母だ。そんな私を見て二人も驚く。
「何でって、こっちのセリフよ!何で一哉の店に桜花がいるのよ?」
お婆ちゃんは、一哉さんのことを呼び捨てにした。……どういうこと?私は一哉さんを見ると、彼は丸椅子から立ち上がった。
「……話せば長くなる。クローズにしてくるから待っててくれ」
一哉さんが店を出た間に私は階段を上がり、買った食材を冷蔵庫に突っ込んで急いで降りた。私がカウンターに着くと同時に一哉さんが戻ってきた。そして私にお客側の椅子を勧めると、一哉さんはカウンター内の椅子に座った。
「まず桜花さんの横にいるのは、俺のじいちゃんとばあちゃんだ。前に言った俺に修理を教えてくれた人だ」
私が二人の方を向くと、真剣な顔をして頷いた。
「えっと、つまり……、一哉さんと私は従兄弟ってことですか?」
「いや。俺を産んだ両親は離婚してて、その後父さんは再婚したんだ。その再婚相手との子が、桜花さんなんだ。つまり俺らは異母兄妹ってわけだ」
「え、……ってことは、あの、嶋野さんから聞いたんですけど、ハルちゃんって私のことですか?」
そう聞くと、一哉さんは頷く。そして彼はポケットから四つ葉のクローバーの栞を出した。
「俺がまだ小学校に入る前、たまに父さんが俺達を会わせてたんだ。これはその時に桜花さんから貰ったものだ。最初、妹が出来たって聞いたとき、知らないところで妹がいるなんて言われても俺は素直に受け入れられなかった」
栞を手で弄びながら、一哉さんは私の方を向く。
「でも、桜花さんは冷たい対応を取った俺にもニコニコ笑って四つ葉を差し出してきた。……桜花さんは俺にとって癒やされる存在だった」
一哉さんは私をじっと見て話を続ける。
「でも小学校に入る時、俺は少し離れたじいちゃんの家でお世話になることになった。だから毎日公園に行くことはできなくなって、行く回数が減っていった」
私が熱中症で倒れたあの公園で小さい頃、一緒に遊んだお兄ちゃんがいた。
「……そうだ。急に一緒に遊んでくれた人が来なくなって、どうしたんだろうと思ってました」
一哉さんから話を聞いていると、あの頃の記憶が少しずつ思い出されていく。
その後、私は高校まではこの街にいたが、卒業後はフランスに行った。その後すぐ、一哉さんは修理屋として戻ってきたという。完全なすれ違いだ。
「俺は、もしかしたら桜花さんに会えるかもしれないと思って、あの公園に毎日通ってた」
「毎日ですか?」
「……いくら何でも気持ち悪いよな。妹に会えるかもしれないと思って毎日通うって。俺なら引く」
一哉さんの最後の感想に、私は少し笑ってしまった。
「気持ち悪くなんてないですよ。ずっと私のことを待っててくださり、ありがとうございます」
ありがとうの言葉でいいのかなと思いながら頭を下げる。
「ありがとうと言うのは俺の方だ」
すると、今度は一哉さんが頭を下げた。
「桜花さんが倒れて、目を覚ましたらそこで終わらないといけないのに、俺は久しぶりに会えて嬉しくて……。あの時、無理やり引き止めて、ごめん」
一哉さんの謝罪に、私は首を横に振る。
「謝らないでください。私、ここに住んで、商店街の色んな人との交流が本当に楽しかったので。それに一哉さんと言い合いをしている時、兄妹喧嘩みたいで楽しかったです」
過去形になってしまい、慌てて続けた。
「あ、もちろん、一哉さんがよければ、もう少しここに居たいなとは思っているのですが……」
「構わない。これからもよろしく」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私は深く頭を下げた。そして顔を上げて、疑問に思ったことを聞く。
「あの、何で私、ハルちゃんと呼ばれてたんですか?そこは思い出せなくて」
「名前に桜が入ってて、春らしいからハルちゃんだねって話になった」
なるほどと納得すると、黙って私達のやり取りを見ていた祖父母は、笑顔で手を叩き喜んだ。
「よかったわー。一哉が毎日公園に通ってたところ、わたし“気持ち悪っ”って引いちゃったわよ。でも受け入れてくれてよかったわね、一哉」
ストレートに言うお婆ちゃんに苦笑いする。一方の一哉さんはバツが悪そうな表情を見せた。
「……で、二人が来た理由は?何の用で来たんだ」
「あ、そうそう。一哉に買い取ってほしいものがあってな」
本来の目的を思い出したお爺ちゃんが、鞄からビデオカメラを取り出した。
「これ、お前達のお父さんが持ってたものだ。あいつ新しいものに次々目移りする奴だし、置きっぱなしにしても邪魔だし、売ってしまおうと思ってな」
「じいちゃん。俺は買い取って修理して、次の人に使ってもらうことをしている。ビデオカメラを買い取ったら、俺は写真や動画を消さなければならない。……売る前に桜花さんに聞きたい。売るとなれば思い出を見返すことができなくなるがいいか?」
私は腕を組んで考える。
「うーん。……あの、充電してビデオカメラの映像って見られないんですか?何も映ってなかったら、いいんじゃないかなって思います」
「本来なら、持ち主の父さんに許可をもらわないといけないが……」
「構わんだろう。あいつの父親のわしが許可するから見て構わんよ」
私と一哉さんは顔を見合わせる。そして同時にビデオカメラに目を移す。
「……まあ、家族から許可出たし、見てもいいだろう」
そう言うと、一哉さんは充電器とビデオカメラを繋いだ。そしてボタンを操作する。私は立ち上がって一哉さんの隣に立ち、再生されるのを待つ。
「何かワクワクしますね」
しばらく待つと、動画が始まった。どこかのグラウンドが映る。運動会のようだが、映像はかなり後ろの方で撮られているようで、子供達の姿は豆粒ぐらいの大きさだ。だが突然、一人の子供にズームアップされた。かけっこに出るようで、その子の真剣な表情がよく見える。そしてその子が一位を取り笑顔を見せると、動画はそこで終わった。
「……もしかして、この一位を取った子って」
「……俺だ。この映像撮ったのは、父さんだろうな」
一哉さんは大事そうに両手で持った。そしてしばらくビデオカメラを見つめていた。
「全然姿とか見せたことないのに、いつの間に来て撮ったんだよ」
一哉さんは下を向いてそう呟いた。そして大きくため息をついた。
「あの子はいつもわたしに、一哉の運動会はいつだの学芸会はいつだのしつこく聞いてくるのよ。一哉は、親は自分に興味ないって思ってたんだろうけどそんなことないわ。親はね、再婚して新しい家族ができても、自分の息子に興味持たないことなんてないのよ」
唇を噛む一哉さんの頭に、お婆ちゃんは手を乗せた。
「まあ、こんな映像を撮ってたなんて、わたし達もびっくりしちゃったけどね」
「……お爺ちゃん、お婆ちゃん。これ、私達が貰ってもいい?何なら私が買い取りたいんだけど」
「もともと売る予定だったんだ。お金は要らん。それは二人にやる」
「……ありがとう」
一哉さんはビデオカメラを包み込むように持ち、そして深く頭を下げた。
お婆ちゃん達が帰り、時間は閉店時間になっていた。私達はともに二階に上がり、お互いビデオカメラを見つめていた。しばらくそうしていたが、私は気になったことを尋ねた。
「そういえば、私が熱中症で倒れた時、何で言ってくれなかったんですか?私達が兄妹だって」
「……桜花さんからしたら、見知らぬ男が急に自分はお兄ちゃんで、お前は妹だって言われても気味悪いだけだろ」
「……確かにそうかも」
一哉さんはビデオカメラをそっとテーブルに置くと、急にタンスを動かし始めた。私の百円玉が転がっていったあのタンスだ。
「でももう隠す必要なくなったし、これも見せていいだろう。桜花さん。タンスの裏を見て」
一哉さんにそう言われ、タンスの裏を見ると、何かの紙が一枚落ちていた。表にすると、小さな男の子と女の子が笑顔でピースする写真が写っていた。
「これって……」
「俺のじいちゃんが撮ってくれた写真だ。俺にとっては小さい頃の桜花さんしか知らないが、公園でうずくまってて、顔を見た時、俺はすぐにハルちゃん、桜花さんだって分かった」
私を名前とあだ名で一哉さんはそう言った。
「百円玉が転がっていった時、取ってやりたかったが、あの裏には落ちてしまった写真があるし、すぐに見せたら絶対混乱すると思って、今まで取り出すことができなかった」
一哉さんはしゃがんで百円玉を手に取り、私の手のひらに乗せた。
「これが転がってなかったら、桜花さんは行ってしまったかもしれないんだよな。そう思うとこの百円玉と、桜花さんの全財産が二百円だったことに感謝だな」
ふっと笑いながら言う一哉さんに驚きつつ、思い出してほしくない出来事に私は無言で睨みつけた。
数日後
今日は出張で修理をする日。ここに持ってこられない物の修理の依頼も、ここでは受けている。だが行くのは一哉さんだけで、私は店番だ。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい、気をつけて。今日のおやつはクッキーですからね」
一哉さんが店を出る前にそう言うと、私に向かって頷き、ちょっとだけ手を上げて出ていった。
兄妹だと知っても私と一哉さんのやり取りは変わらず、店長とアルバイトの関係のままだ。強いて言えば、一哉さんの過保護っぷりが増したぐらいだ。その過保護っぷりを目撃した中野さんは声を出して笑った。
「いやー、わたしそれ聞いてびっくりしたよ。まさか二人が兄妹だったとはね。でもそう言われると似てないこともないかな。目元とか」
そして私は純平さんから、兄妹だと知った次の日に告白された。
「もしかしたら一哉は桜花ちゃんのことが好きなのかなって思って遠慮してたんだけど、妹だって知って安心したんだ」
そこで一旦言葉を切ると、私の目を真っ直ぐ見て言った。
「僕は、桜花ちゃんのことが好きです。……こんなこと言って困らせてしまうだけだってことは分かってる。でも伝えたかった。何となく、はっきり言わないと伝わらないような気がして」
と、後半は苦笑いして言った。それに私も苦笑いしてしまった。
「すみません。鈍いですよね、私。……えっと、私は純平さんのこと、優しくて素敵な人だと思います。でも、私まだ純平さんのことあまりよく知らないので、その」
「うん。今すぐ返事ほしいなんて思ってないから、ゆっくりでいいよ。桜花ちゃんが僕のことを好きになってもらえるように、あと、一哉に認められるように頑張るよ」
本当に純平さんは、私にはもったいないぐらいいい人だ。でもそんな人から想われるのは素直に嬉しい。だが、はい分かりました付き合いましょうと、簡単に答えては駄目な気がした。申し訳ないが、もう少しだけ待っていてほしいと思っている。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。……かなり顔が疲れてますけど大丈夫ですか?」
昼過ぎ、修理が終わって帰ってきた一哉さんの顔に疲れが出ていた。一から直す修理だったらしい。
「今日はもう閉めますか?」
「いや、いい。桜花さんのクッキー食べたら元気出ると思うから」
微笑みながらそう言われると、私は何も言えなくなる。自分で言うのもなんだが、一哉さんはかなりのシスコンな気がする。
一哉さんには座って待ってもらい、私はアイスコーヒーとクッキーを用意した。そしてカウンターの前に並べて置く。
「……あのときの不格好なクッキーもいいけど、綺麗な四角形もいいな」
四角形のクッキーを掲げて笑う一哉さんに、私は苦笑いを返す。二人でクッキーを食べ、他愛のない会話をする。この時間が私は好きだ。
午後から私達は、各自の仕事に取り掛かった。私の仕事も変わらず順調だ。そして、ドアベルがカランと鳴る。
「いらっしゃいませ。修理のご依頼ですか?」
今日も私は一哉さんの隣で、依頼にやってきた人の思いに寄り添っていく。
