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昼の月と冬野菜のしみしみスープ|おやつとひみつ1 連載小説

2058字 

 昼の月とわたしは似ている。
 そこにいるのに気づかれない。見えていても、存在しない扱いを受ける。 
 自分よりはるかにまばゆい光を放つ存在に痛いほど惹かれながら、同時に気後れする。
 ここにいていいのだろうか。  

 夜が明けたばかりの世界は肌を刺す冷気とは裏腹に、ほんのすこし金色を帯びている。冬と春の境目はどこか落ち着かない。
 風に乗ってさびしげな海鳥の鳴き声が届く。
 たっぷりと水を含ませた絵筆をすべらせたような、くすみブルー。その空に所在なげに浮かぶ欠けた光。大気が乾燥していると目視できることが多いという。
 白い息を吐きながら三日月に見とれていた真昼はシェアキッチンの窓を閉め、仕込み作業に戻った。

 身長160センチくらい、水色のキャップ、大股で歩く。腕まわりに筋肉がついている。ハキハキと聞き取りやすい声。
 真昼が心の中で復唱していると、脳内メモとは一致しない人物が近づいてきた。
 センサーが狂いそうになって一瞬体がこわばる。
「ちこくちこく~ 」
 パタパタと足音を立て、わざとらしく内股で駆け寄ってくる。
 裏声でアニメっぽく演じてはいるが、ほかの人ならともかく彼をまちがえることはない。

「モテキくん、おはよう」
「だれがモテ期やねん。遥樹はるきです」
「朝帰りですかあ、相変わらずお忙しいようで」
 遥樹は二ット帽をとり、髪の乱れをくしゃっと直した。
「ちょ、妹の前でそういうこと言うのやめてもらえます?」
 ニヤニヤしている配達員の脇腹を遥樹は肘で小突く。腹筋が締まっているだとかプロテインがどうとか、男ふたりはマッスルトークに花を咲かせている。
「あれからどうっすか? ゴリゴリの繁忙期継続中?」
 順也は答えず、静かにスープを飲む。
「……じつは、さっき命拾いした」

 十五分ほど前のこと。
 軽い衝撃とともにキッチンカーの車体が揺れ、真昼はちいさく悲鳴を上げた。
 猪かなにかが突進してきたのか、それとも地震? 海に近い住宅街ではあるけれど、ちょっと歩けば田畑も林もある。さすがにアライグマは走ってこないか。
 しばらくようすをうかがっていると至近距離で荒い息遣いが聞こえ、万事休す。緊急通報ボタン! と頭の中で電気が走り、震える手でスマホをまさぐった。

「まひるちゃーん、み、水……」
 ふだんよりかぼそいが、聞き覚えのある声だ。
 あわてて冷蔵庫からピッチャーを取り出しグラスに注ぐ。販売窓を開け手渡そうとしたら、ひったくられた。
 勢いよく飲んだせいで気管に空気が入ったのだろう。今度は激しくむせている。
「ありがとう、たすかった。もう休憩するヒマもなくて、仕分けも追いつかんし。……まあ、それはあとで話すわ。てか、これなに?」
「水じゃなくてすみません。とっさに作り置きのほうじ茶を」

 わずかに残った薄茶色の液体を順也はしげしげ見ている。
 顔のパーツに意識を集中させようとしても、もやがかかって輪郭すらつかめない。けれど、彼の特徴は把握しているから大丈夫。
 真昼は自分に言い聞かせるように胸に手をあてる。
「なんかちがうような。包容力?……DNAに訴えかけてくるものがある」
 心身の限界がくると味覚も鈍るのかもしれない。傷つけないよう、真昼はあいまいな笑みをつくる。
 飲んでみてよと促され、はっとした。

 笑いすぎて涙ぐんでいる遥樹は、順也の背中をバンバンたたいている。
「だしを出すキッチンカーて。斬新すぎる」
 冬野菜のしみしみスープ、和風だし仕立て。
 遥樹によりその場で命名された試作スープは根菜類をコトコト煮たもの。すきとおった大根やくったり白菜の甘み。鮮やかなグリーンが春への期待を高める小松菜。それぞれの個性がコクと深みを出し、調味料はととのえる程度で十分。
 コーンとミニトマトで彩りを足し、仕上げに焼き目をつけたあらびきソーセージを二本入れる。一品で食事がわりになるボリュームだ。

「『おひるねムーン号』が居眠り運転って、シャレにならんから。それだけは気いつけて」
 宅配ドライバーのマジ説教に、しおらしくこうべを垂れる遥樹。
「なーんか危なっかしいねんなあ」
「どこかですか。めっちゃきっちりしてますよ。無遅刻無欠勤っす」
 どの口が、と順也にほっぺたを引っぱられている。こっちのほうがほんとうの兄弟みたいだ。

 島で部屋を探していたら縁に恵まれ、一軒家を格安で借りることができた。キッチンカーを停められる駐車スペースもある。
「ハルキがいないとわたしが運転するんだよ? 耐えられる?」 
 自分の両腕を体に巻きつけ、ブルブル震えてみせる。
「でしょ? だから夜ふかしは控えてください」
「真昼を危険にさらすような真似はしない」
 ふと真顔になった遥樹を真昼は盗み見る。
 屈託なく笑っていたのに、次の瞬間には遠くを見つめている。この人にはそんな底知れなさ、つかみどころのなさがあった。
 過保護やなあ、と順也が茶化してくれ、ほっとした。

 角を曲がれば、急に潮の匂いがぶつかってくる。海面からの光が家々の壁や窓に反射する。 
 すでに春は走り出していた。

(つづく)

春の足音とともに
新連載スタート(/・ω・)/🌸

#賑やかし帯 #小説 #Tales


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藤家 秋 最後までお読みくださり、ありがとうございました。 いただいたチップはインプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。