便利屋修行1年生 ⑮心変わりストーカー 連載恋愛小説
ほどよい温風と地肌を刺激する指の感触が、あらがえない気持ちよさ。
「え、なんで? ……え、何時?」
「大丈夫。20分しか経ってない」
その落ち着いた声に、綾の心音が収まってくる。
「たしかに反射神経いいかもな」
壁にぶつからんばかりに飛びのいた綾に、沢口は苦笑い。
どうやら、ドライヤー中に倒れ込んできたので、キャッチしたらしい。迷惑をかけまいとすればするほど、どツボにハマる。
「えーと、おなかすきませんか」
食材が傷みそうだったので、時短キーマカレーをつくって食べた。
緊張の糸がプッツリ切れたその瞬間に、抱きとめる腕があったこと。なぜか料理をふるまっていること。予想もしなかったことばかりが起きている。
ここのところ、やけにビクビクしていると指摘された。
「ピリピリして近寄りがたいといいますか……や、スミマセン」
「気を張ってなきゃ、守れるものも守れない」
それは綾個人を守るという意味ではなく、事務所のメンツや諸々のことだろう。
なにせ探偵事務所の関係者がストーカーされるという、ややこしい事態なのだ。前代未聞だろうし、申し訳なくて身の縮む思いがする。
「のんきに眠りこけてる猫に、殺意覚えたけど」
スプーンを置いて居住まいを正し、綾は深々と頭を下げる。
「このご恩は必ずや。返す返す、ご迷惑をおかけし、たいへん、もうしわけ、ございません!」
「過剰な敬語、やめろ」
笑いながらツッコまれて、ちょっとホッとした。
コインランドリーに寄って、待ち時間に梅ソーダを飲んだ。なんとなくすっきりして、いつもの自分を取り戻せた気がする。
「炭酸とビールって、どっちがおいしいですか」
「キテレツな質問すんな」
沢口の空気感も、すこしだけやわらいだような。
店を出たところで、綾の足が動かなくなった。
「戻れ。所長に連絡」
その低く鋭い声を耳では聞き取れているのに、反応できない。
映美を待ち伏せていた人間とひどく似た人物が、数メートル先で綾だけをじっとりと見据えている。
体を入れて、沢口は男の進路をさえぎった。
盾になっている背中を飛び越えて、わめき声がぶつかってくる。裏切ったとか殺すとか、なにを言っているのか判然としないが、動物がうなるようなその声を聞いているだけで、血の気が引いていく。
沢口は綾の異変を察知して、店員に通報を頼んだ。
「すいません。こいつ中に入れてください」
自動ドアがスローモーションで閉まり、その姿が遠ざかっていくのを、綾はしびれたように見ているしかできなかった。
(つづく)

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