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後継者の成り方

もっとも困難な後継者の立場にあったのが李登輝さん
その李登輝さんは蒋介石の息子蒋経国が死んだ後どうやって後継者の地位を得たのか?
蒋介石の息子蒋経国が(外省人)相当をしている時にこれからは元から台湾に住んでいる本省人を抜擢すべきだと考えて李登輝さんが副総統に大抜擢された。
李登輝さんは戦前は京都大学で学んでいた親日家

副総統になって4年程で蒋経国は亡くなった。
副総統でも実際はお飾りで本省人の不満のガス抜き要因と見られていた。
規則上後継者となっているだけで、蒋経国を支えていたのは大陸から来た国民党の人ばかりだから李登輝さんを後継者と認めている者はいない。

李登輝さんは「蒋経国が亡くなったのは急な事だったので、逃げる事も出来なかった。私一人では勝ち目はない。多分国民党の人達に殺される」と思ったそうだ。
そりゃそうだよね。外省人からしたら邪魔な人間です。

そこで李登輝さんがやった事は、棺の前にじっと座っている事だった。
何も言わずにただ座っていた。
「後継者になりたくてやっていた訳じゃ無くて、命が惜しくてやっていただけ。蒋経国の棺の横にいればその間は殺されないと思った」
とおっしゃっていた。
勿論この言葉にはテレもあると思う。

一晩座っていたが誰もお参りに来ない。
2.3日経つとぽつぽつとお参りに来はじめた。それを横目にドライアイスの入った棺の横にずっと座っていた。
そうやって1週間近く黙って座っていたそうである。
そうすると周囲の人間から「やっぱり跡継ぎはあいつしかいない」と言う声が出はじめた。
そうやって認められていった。

李登輝さんは周囲の反対派を皆殺しにする中国式のやり方を採らなかった。
じっっっと棺の横に座っているだけで政権を取ったのである。
李登輝さんは後に
「これは誰にも言わない事だけど、あの時私は何万人かをしょっ引く事も出来た。いう事を聞かない奴は殺してしまう事も出来た。」
とポロっと日下公人さんに話したそうです。

「だけど私は日本で教育を受けたので、そんな事はしなかった。その結果ゴタゴタは長く続いてしまった。」
と言いましたが、そのお陰で台湾に民主主義が根付き資本主義が広まり今の発展に繋がった。

秀吉が天下を取れたのも信長の弔い合戦を一番早くやったから。

二階さんの後継者の証はパンダ。後継者は中国に行ってパンダを借りて来る事をしなければいけないが、それは森山さんがやっている。
つまり二階さんは息子と訪中してパンダを借りて来れば、息子も当選できたかもしれない。朝貢だけどね。
そこまでやらなかったので、地盤看板の引継ぎは失敗した。


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