見出し画像

1on1文化の弊害

1on1、よもやま、times。僕はこういう文化が結構好きです。

会議を設定するほどでもないけど、ちょっと相談したい。まだ考えがまとまってないけど、誰かに聞いてほしい。
そういう時に「ちょっといいですか?」から入れる場所があるのは、マジで大きいんですよね。雑談から問題が解決することもあるし、よもやまから新しいアイデアが生まれることもある。

が、です。

「うちは何でもよもやまで相談できるから、風通しがいい組織です」と言われると、ちょっと引っかかるものがあります。

それ、「特定の人と非公式に話せないと問題を解決できない組織」になってないか?と。

1on1やよもやまは情報流通の「補助」

1on1やよもやまの良さは自由さです。資料もいらない。結論も出さなくていい。「これどう思う?」「最近どう?」から始められる。

なので、相談したり、考えたり、違和感を共有したりする場所としてはめちゃくちゃ優秀です。

が、この自由さは意思決定と相性が悪い。

たとえばAさんとBさんがよもやまで話して「じゃあ今後はこうしようか」となったとする。
二人には合意した感覚がある。
数週間後、Cさんが違うやり方をして「この前よもやまで話したじゃん」と言われる。
Cさんからすると知らんがな、です。
参加してないんだから、それはそう。

もっと厄介なのは、その会話を後から見ても「相談だったのか」「アイデアだったのか」「意思決定だったのか」が分からないこと。
そもそも「よもやま」なんだから境界が曖昧なのは当たり前で、だからこそ、そこで組織の意思決定まで完結させちゃいけないんですよね。

1on1も同じです。
あるメンバーがマネージャーに問題を相談する。
マネージャーは別のメンバーとの1on1でも同じ問題を聞く。
さらに上司との1on1で相談する。
結果、その問題に一番詳しいのが「1on1をたくさんしているマネージャー」になる。

一見、情報が集約されていていい状態に見えます。
でも裏を返せば、そのマネージャーを経由しないと情報が流れない組織です。
本人同士で話せば済むことまでマネージャーを経由するし、組織として共有すべき問題が1on1の中に閉じ込められる。

1on1は情報を集める場所としては優秀。でも、情報流通のインフラにしちゃいけない。

Slackのtimes文化も同じ

timesも同じだと思っています。「今日こんなこと考えた」「これ困ってる」「誰か知ってる?」を書くには最高の場所です。思考の途中経過が見えることで、偶発的に誰かが助けてくれたりもする。

が、「重要なことはtimesに書いてあります」になった瞬間に話が変わります。
その人のtimesを普段から読んでる人しか情報を取れないからです。

オープンに見えて、実はかなり人間関係に依存した情報流通。
Slackに書いてあることと、必要な人に届くことは別です。
公開されていることと、共有されていることは違う
ここ、結構重要だと思っています。

小さい組織では1on1やよもやまで事足りる

ただ、これが最初から問題になるわけではないんですよね。

5人とか10人なら「昨日Aさんと話したんだけどさ」で情報共有できてしまう。誰が何をやってるかも大体分かるし、意思決定者も近い。
よもやまで話した内容がその日のうちにほぼ全員に伝わったりする。
小さい組織では、非公式なコミュニケーションだけでも普通に回ります。

問題は大きくなった時なんです。
10人なら全員と話せる。
30人だと少し難しい。
100人になれば、知らないところで毎日大量の会話が発生している。
それでも昔と同じノリで「とりあえずよもやまで話そう」をやっていると、徐々にひずみが出てきます。

これって聞いたことありますね。組織の壁ってヤツです。

「誰と仲がいいか」が情報格差になる

よもやま依存の組織で僕が一番怖いと思っているのがこれです。

誰と気軽に話せるかで、持っている情報が変わる。

経営者とよく話す人。マネージャーと仲がいい人。Slackで発言するのが得意な人。出社して雑談が多い人。そういう人には自然と情報が集まります。本人に独占するつもりがなくても、「あ、それこの前○○さんと話したんだけど」がどんどん増えていく。

すると、組織図には存在しないもう一つの情報ネットワークが生まれます。場合によっては、正式な会議やドキュメントよりそっちの方が強くなる。

それは「風通しがいい」んじゃなくて、情報流通が人間関係に依存しているだけなのかもしれないですよ?

仲の良さで情報格差が決まる状態、なんて呼ぶか知ってますか?「政治」です。会社に政治が入ってくる瞬間なんですよ。みんな社内政治なんてできればなくしたいですよね。が、知らず知らずのうちに生み出してるのはあなたかもしれないですよ?

非公式コミュニケーションをなくす必要はない

じゃあ「全部会議で話せ」「全部ドキュメントに残せ」にしたいかというと、全然そんなことはないです。
そんな組織はしんどい。僕は嫌いですw

雑談は雑談としてやればいいし、よもやまで相談すればいいし、timesで好きなことを書けばいい。1on1でしか話せないことだってある。

大切なのは、そこで生まれた情報のうち、組織に必要なものを正式な情報流通に戻すことです。

よもやまでアイデアを考える。方向性が見えたら必要な場所に持っていく。意思決定なら意思決定として残す。プロジェクトの変更なら関係者に共有する。組織課題なら然るべき場所で議論する。

よもやまから正式な情報流通へ「戻す経路」があるかどうか。ここが分かれ目な気がしています。

風通しの良さとは何だろう

「誰にでも気軽に相談できる」。確かに良い組織の特徴です。でも、それだけで風通しがいいとは限らない。

  • 特定の誰かと話さなくても、必要な情報にアクセスできる。

  • 参加していなかった意思決定でも、後から経緯を追える。

  • 人間関係じゃなくて、組織の仕組みとして情報が流れている。

こういう状態も風通しの良さなんじゃないかと思っています。コミュニケーションが多いことと、情報流通が健全であることは、似ているようで違う。

1on1も、よもやまも、timesも便利です。便利だからこそ頼りすぎる。

よもやまで相談する。よもやまで考える。でも、よもやまで組織を運営しない。

組織が大きくなるほど、この線引きが効いてくるんじゃないかと思っています。

いいなと思ったら応援しよう!