見出し画像

日本史を情報学で読む――1億人の認知を同期させた国の150年

私たちは普段、自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の意志で社会を判断していると信じています。選挙の投票先に悩むときも、ニュースに憤るときも、それは純粋に個人的な内面から湧き出た感情だと思っているはずです。

しかし、一歩引いてシステム論の視点から考えてみてください。私たちが依って立つその「判断」や「世論」は、本当に自由な意思の産物でしょうか。
それとも、情報空間や社会の仕組みの中で、そう考えるほかなくなるように形作られているだけなのでしょうか。

これまで本シリーズでは、「官僚はエンジンであってハンドルではない(官僚論)」「地理だけは変えられない(地政学編)」など3つのレンズで日本近現代史を眺めてきました。

第4弾となる今回のテーマは「情報学(統治と現実認識の共有)」です。
ここでいう情報学とは、人々の認識や世論が、どのような情報の流れによって形作られるのかを捉えるための視点です。

どれほど強固な官僚機構(エンジン)があり、明確な地理的条件が存在していても、国家という巨大なシステムを実際に動かすには、その中にいる人間が「共通の現実」を共有できる状態を作る、情報空間の統治が必要です。

日本の150年は、けっして単なる「洗脳」の歴史ではありません。それは、バラバラの個人を繋ぎ、国家という巨大なシステムを駆動させるための「共通プラットフォーム形成」を巡る、国家と人間による飽くなき格闘の歴史でした。

1. 明治期:国家OSのインストール――「標準語」と「全国紙」という初期設定

明治維新を迎えたばかりの日本が直面した最大の課題は、地政学的な防衛よりも前に、「日本国民という概念がそもそも存在しない」ということでした。

江戸時代までの人々は、それぞれの「藩」というローカルなコミュニティに属しており、話す言葉も、現代のように容易に通じる方言の違いではなく、地域によっては意思疎通が困難なほど差があり、自分が「日本人である」という意識すら持っていませんでした。バラバラの言語と価値観を持つ数千万人のデータをそのままにしておいては、西洋列強という巨大なシステムに対抗するための「中央集権国家」を駆動させることは不可能です。

そこで明治政府が最初に行ったのは、国家というシステムを一斉に動かすための「通信プロトコル(共通言語)の統一」、すなわち国家OSのインストールでした。

具体的には、「義務教育による標準語の普及」と「全国組織としての郵便・電信網の整備」です。

この国家インフラの上に、もう一つの強力なブースターとして機能したのが「新聞」でした。日清戦争や日露戦争が勃発すると、全国の家庭に「今、わが国は一丸となって戦っている」という同じ物語が同時に配信されました。

ここで重要なのは、国家が情報を一方的に押し付けたのではない、ということです。「国家の勝利を報じると、国民が喜び、新聞が爆発的に売れて儲かる」という、国家・メディア・市場の三者が完璧に噛み合った情報が「三方の利益につながる形」で循環する仕組みがこの時誕生したのです。

国家は、情報インフラを使って数千万人の認知を同期させることに見事に成功しました。しかしこの時、システムは「一度同期された熱狂は、設計者であっても途中で止めることが極めて難しい」という、情報学的な「慣性のバグ」を抱え込むことになります。

2. 昭和(戦前・戦中):「大本営発表」の正体――フィードバックの遮断と認知障害

昭和に入り、日本が泥沼の戦争へと突き進んでいった時代、日本の情報空間は歴史上最大のシステムエラーを引き起こしました。それが、勝ってもいない戦果をでっち上げて流し続けた「大本営発表」です。

後世の私たちは、これを「軍部という悪者が、嘘の情報で無垢な国民を騙した悲劇」と片付けがちです。しかし、情報学の構造論から見ると、事態はもっと深刻な「システムの自己中毒」でした。

情報学(あるいは制御工学)において、システムが正常に動作するための絶対条件は、「フィードバック」が存在することです。

車の運転をイメージしてください。ハンドルを切ったとき、「曲がりすぎた」という視覚データ(フィードバック)が脳に戻ってくるからこそ、微調整してまっすぐ走ることができます。もしこのフィードバックを遮断して、脳に「車はまっすぐ進んでいます」という都合の良い偽データだけを送り続けたら、車は確実に壁に激突します。

当時の日本型システムで起きたのは、まさにこれでした。

官僚論で述べた「ブレーキを持たない官僚機構」というエンジンは、情報空間においても発動しました。初期のメディアが部数拡大のためにナショナリズムを煽り、国民がそれを大喝采で受け入れた結果、情報空間は「勝っている物語」だけで満たされるようになります。

こうなると、現場からの「実は負けている」「補給が限界だ」というフィードバックは、システムにとって「不愉快なノイズ」として排除されるようになります。なぜなら、「負けている」という真実を入力した瞬間、これまでの熱狂で辻褄を合わせていた国家システムそのものが崩壊してしまうからです。

【戦前・戦中の情報デッドロック(相互依存のループ)】
 国民:「勝っているニュースが見たい!」(市場の要求)
  ↓
 メディア:「勝っていると報じれば売れる!」(ビジネスの最適化)
  ↓
 軍部・官僚:「勝っていると言い続けないと、国民の暴動が起きる!」(軌道修正の喪失)

大本営発表とは、誰か一人の独裁者が仕掛けた洗脳ではありません。「不都合な真実(フィードバック)を拒絶し、信じたい嘘(データ)だけを還流させ続けた結果、システム全体が現実を認識できなくなった認知障害」の末路だったのです。

3. 戦後・昭和:中央サーバー型システムがもたらした「光と影」

1945年の敗戦により、大本営という歪んだ情報空間は木っ端微塵に解体されました。しかし、戦後復興と高度経済成長を成し遂げるため、日本は再び強力な「共通認識のシステム」を再構築することになります。

それが、テレビというメディアの登場と、それを国が管理する「中央サーバー型システム」でした。

戦後の日本政府は、電波という公共のインフラを少数の大手メディア(新聞社とその系列のテレビ局)に独占的に割り当てる政策(クロスオーナーシップ)をとりました。これは情報学的に見れば、「一次情報が中央に集約され、そこから全国民へ同一フォーマットで配信される」という情報の流れ方の構築です。

このシステムは、強力な社会の安定装置でした。夜7時になれば日本中の家庭で誰もが同じニュースを見て、同じバラエティ番組で笑い、同じCMを見て「明日はあの家電を買おう」と考えました。「1億総中流」という強固な中間層の価値観や、「明日は今日より豊かになる」という国民的合意は、全国民が毎日同じ情報を脳内にインプットされるという、高度に最適化された情報空間の恩恵だったのです。

しかし、この「安定性を重視した中央集権型」のシステムには、大きな副作用もありました。少数のメディアが「社会の議題設定権(何が重要で、何が重要でないかを決める権限)」を独占するため、そこから漏れた多様なマイノリティの声や、権力にとって本当に不都合な批判は、構造的に表に出にくいという閉塞感をもたらしたのです。

4. 現代(令和):分散型サーバーの露呈――「自由」の代償としての機能不全

そして今、私たちが生きる令和の時代、この戦後を支えたマスメディアの独占は、インターネットとスマートフォンの普及によって跡形もなく崩壊しました。情報の民主化、すなわち「分散型システム」への移行です。

現代のSNS空間は、かつての中央集権的な独占を打ち破り、誰もが発信者となり、埋もれていた多様な意見や個人の声を表に出すことを可能にしました。これは間違いなく、私たちが手に入れた大きな「自由」です。

しかし、情報学の視点から見ると、この自由は新たな特徴も生み出しました。人々が参照する情報源や関心が個別化したことで、社会全体として何を優先課題とするのかを決めるプロセスは、以前とは異なる形になっています。

現代のネット空間を方向づけている大きな要因の一つは、プラットフォームの仕組みそのものです。

この仕組みは、社会全体の最適解を探しているわけではありません。この仕組みは、社会全体の最適解を探しているわけではありません。利用者一人ひとりの関心や反応に合わせて情報を出し分けることで、より長く見続けてもらう方向に設計されています。

その結果、人々が接する情報はそれぞれ異なる方向に分かれる一方で、保守・リベラルといった異なる立場の意見に触れる機会そのものは、ネット上の討論番組や切り抜き動画などを通じて、むしろ増えています。
しかし、それらの情報が一つの共通した文脈の中で整理されるとは限らず、受け手ごとに異なる形で解釈されるようになっています。

地政学編で述べたように、現代の日本は台湾海峡やエネルギー・サプライチェーンなど、多くの構造的課題に直面しています。こうした環境の中では、限られた予算、人材、時間をどこへ優先的に配分するのかという判断が、これまで以上に重要になります。

かつての日本は、安保闘争や公害問題など激しい社会対立を抱えつつも、多くの人が同じニュースを見て、少なくとも共通の話題を共有することができました。しかし、情報の民主化によってマスコミの独占から脱した一方で、人々が参照する情報源は大きく多様化しました。

その結果、社会全体として何を優先課題と考えるかについては、以前よりも幅広い意見が併存するようになっています。私たちは今、より自由で多様な情報空間の中で、それぞれが情報を吟味しながら判断していく時代を生きているのです。

結び:この情報は、何を最適化するために流されているのか

明治から令和まで、日本の歴史を「情報学」という補助線で振り返ってみると、ある一つの冷厳な事実に突き当たります。

人間は、信じたい情報を優先して受け取りやすく、また感情が強く動いたときには、その流れに影響されやすい傾向を持っています。この傾向自体は、情報環境が変化しても大きくは変わっていません。

政治制度、官僚機構、地理的条件。それらすべての要素を最後に繋ぎ、動かしているのは、私たちの脳内にある「情報」という電気信号です。だからこそ、この情報空間のクセを知ることなしに、国家や社会の本当の姿を掴むことはできません。

ニュースが報じる外交交渉や、ネット上の激しい論争を目にしたとき、つい私たちは「誰が正しいのか?」という感情論に引っ張られてしまいます。しかし、そこで一歩踏みとどまり、こう問い直してみる必要があります。

「誰が正しいのか?」 ではなく、 「この情報は何を最適化するために流されているのか?」

官官僚論における「組織維持の最適化」なのか。地政学における「国家生存の最適化」なのか。あるいは、戦前の「部数」や戦後の「視聴率」、そして現代のSNSでは「あなたの滞在時間(注意や関心)」を最大化するように情報が設計されているのか。

この視点こそが、官僚論や地政学、そして情報学という補助線を通じて見えてくる、本シリーズ全体の結論なのかもしれません。

私たちは「正しい答え」を探しているつもりで、実は常に何らかの仕組みや制度の中で物事を見ています。官僚機構も、国家も、メディアも、SNSも、それぞれ異なる優先順位やルールによって動いています。

だからこそ大切なのは、その結論に盲従したり感情的に反発したりすることではなく、「その仕組みは何を優先し、どのような方向へ人々を動かそうとしているのか」を見抜くことなのです。

明治の政治制度も、昭和の国家体制も、戦後のマスメディアも、現代のSNSも、それぞれ異なる仕組みで人々の行動や関心に影響を与えてきました。

目の前に現れた出来事や意見だけを見るのではなく、その背後で何が動いているのかを考える。

誰が正しいか、誰が間違っているかを争う前に、「どのような構造がその結果を生み出しているのか」を見る。

システム論が与えてくれるのは、そのための視点です。

私たちが向き合うべき相手は、目の前の個人ではなく、その背後にある仕組みそのものなのかもしれません。


\ あわせて読みたい /

このアカウントでは、他にも「大人の教養・リテラシーがちょっとアップするコラム」をたくさん発信しています。

「なぜ日本人は、神社で初詣、お寺でお葬式?」「ニュースがわかる政治・経済の裏側」など、「歴史・哲学・経済」などの一見難しそうなテーマを、誰もが直感的に「そういうことか!」と納得できるリアルな話に翻訳して発信しています。良かったら他の記事もぜひ読んでみてくださいね!

また、ためになったと思ったらスキをクリックしてもらうと、コラム作成の励みになります。

いいなと思ったら応援しよう!