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睡眠不足と判断力

どうも。


KONGです。


大阪ワンマンを終え、ツアーもいよいよ折り返し地点。


気持ちは昂る。


昨日より今日。


今日より明日。


人は少しずつでも前へ進み、日々進化していく生き物だ。


少なくとも、そう信じている。


だが、その一方で。


人という生き物は、不注意という名の落とし穴と常に隣り合わせでもある。



「注意一秒、怪我一生。」




昔の人は、うまいことを言う。



その日のKONGは、


自己スケジュールの調整不足という、自業自得のミスによって、『睡眠不足』という名のモンスターを引き連れた朝を迎えていた。


頭は重く、フルフェイスヘルメットをかぶっているようだ。

目は開いているが、脳はまだ、夢で見た電気屋さんの店内にいる。



『このままじゃ…ヤバいな』



そう思い、いつもより念入りに顔を洗う。


(ガシガシ)


まだ頭はシャキッとしない。


仕方なく、そのままシャワーを浴びることにした。



熱すぎず、ぬるすぎず。


強すぎず、弱すぎず。


絶妙な加減のお湯を浴びると、少しだけ意識が戻ってくる。


KONGは、バスタオルで髪を拭きながら、ふと思った。


「朝シャワーを浴びる俺……渋い。」


もう、この時点で完全に正常ではない。


朝シャワーを浴びただけで、普段とは違う自分になった気がしている。


何なら2階の住まいが28階に住んでいる男になった気さえしている。


睡眠不足というものは恐ろしい。



人を眠くするだけではなく、謎の自己プロデュースまで始めさせるのだ。


そんな高揚感のまま、家を出る準備を始める。


いつも定位置に置いてある持ち物を、ポケットとリュックへ淡々と詰め込む。


財布。

鍵。


イヤホン。


そしてスティック。


今日の目的地はスタジオ。


なかなかスケジュールが合わず、この日は朝早くから音出しをすることになっていた。


イヤホンから流れる曲に耳を預けながら歩く。


少し歌ってみたりする。


昨日のうちに譜面をリュックへ入れたことは覚えている。


それでも、何となく気になって手を入れて確認する。


(ガサゴソ)


紙の感触。


『あった。』


よし。


こういう確認は大事だ。


今日の俺は絶好調である。


……そう思っていた。


駅へ到着し、改札へ向かう。


いつものようにポケットへ手を入れ


『ピッ。』


その一秒で終わるはずだった


だが。


手が空を切る。


「……あれ?」


もう一度。


右。


左。


後ろ。


最後に鞄。


小銭入れが、ナイチンゲール。


KONGの小銭入れには、唯一の電車マネーである交通系ICカードが入っている。



つまり。


今は『ピッ』ができない。

「……ハッ!?」


脳内で昨夜の映像が高速再生される。


今からのスタジオで機材の入れ替えをしていた。


お尻のポケットに入れていた小銭入れが、しゃがむたびに折れそうになり


「邪魔だ。」


そう思って、使わない機材ケースの上へ『ぽん』と置いた。


……置いた。


置きっぱなしだ。


「嗚呼……。」


急いで家へ引き返す。


だが歩きながら計算する。


家まで戻る時間。



探す時間。



また駅へ戻る時間。



スタジオまでの移動時間。



『……ギリギリだ。』



だだのギリギリではない。



アウト寄りのギリギリだ。



すると次の瞬間。



なぜか踵を返して、また駅へ向かっていた。



進んでは戻り。



戻ってはまた進む。



まるで人生そのものだ。



実際はそこまで壮大な話ではなく、ただ寝ぼけているだけである。



朝から無駄に体内の水分を放出し、体力だけが削られていく。



『エスカレーターを逆走した、あの頃と変わらねぇなぁ…』



そんな、誰の役にも立たない感想だけが頭に残った。



これも睡眠不足による判断力の低下なのだろう。



いや。



睡眠不足のせいにしたいだけなのかもしれない。



観念してリュックから長財布を取り出す。



券売機で切符を買う。



財布をしまいながら、小さく決意する。



『……今日は注意深くいこう。』

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数分後。



スタジオへ到着。



さっきまで駅で一人ドタバタ劇を繰り広げていたとは思えないほど、何食わぬ顔で自動ドアをくぐるKONG。



「おはようございます。」



ロビーには顔馴染みの人たちがいて、いつものように挨拶を交わす。



まだ完全には目覚めきっていない会話。



空いていたテーブルの椅子を引く。



腰を下ろそうとした、その瞬間だった。



「……ん?」



違和感。



ほんのわずか。



しかし確かに感じた。



KONGは椅子を持ったまま動きを止める。



足元へ視線を落とす。



丸いパイプ椅子。



その一本だけが、内側へ不自然に曲がっている。



「あ。」



このまま何も考えずに座っていたら。



体重が乗った瞬間。

「バキッ。」



そして、そのまま豪快に尻餅。



未来の映像が一瞬で脳内再生された。



危ない。



ギリギリだった。



ほんの一秒。

たった一秒気付くのが遅れていたら、朝から盛大なモーニングショットを喰らっていたところである。



……コレだ。



この感覚。



「今日は違う。」


朝から小銭入れを忘れ、駅と家の間で謎のランウェイをし、それでも最後は小さな決意をしたあの瞬間から、危険を察知して回避した。



失敗はあった。



だが、ちゃんと学習して前に進んでいる。



大事なのはそういうことなのだ。



受付の人へ事情を伝える。



「あ、この椅子、足が曲がってますよ。」

「ありがとうございます!」


すぐに椅子は回収されていく。



一件落着。



危険回避。



今日の俺……渋い。



そんな小さな達成感に包まれながら、その隣にあった椅子を引く。



何なら少し誇らしげに。



そして腰を下ろした。



その次の瞬間。



(ぐわん。)



世界が傾いた。


「おーんどっど⭐︎△◯_//&_!!!!!」


言葉にならない。



いや。



声にはなっている。



しかし、人類共通語ではない。



脳が危険信号を発した結果、口から飛び出す、意味不明な生命体の鳴き声である。



(ドタン)



見事な尻餅。


一瞬、ロビーの空気が止まる。



……そう。



隣の椅子も。



足が折れていた。



まさかのトラップコンボ。



一つ目を見抜いた人間だけが引っかかる仕様。



人は危機を乗り越えた瞬間、安心する。



安心した瞬間、警戒心は薄れる。



だからこそ、一度助かった後ほど気を引き締めなければならない。



『油断大敵。』



昔の人は、本当にうまいことを言う。



……とはいえ。



これは睡眠不足だったから起きた事故なのかと言われると、たぶん違う。



むしろ。



一脚目で「バキッ」と転げていた可能性の方が高い。



そう考えると、今日の転倒は不可避だったのかもしれない。



つまり。



運命である。



テーブルにいた人たちは、一瞬心配そうな顔をした。



その次の瞬間には、半笑いで目を丸くしている。



「大丈夫?(笑)」



軽く手を挙げる。



「…大丈夫。」



その一言で済むはずだった。



しかし、友人はすぐに真顔で続けた。



「『おーんどっど』って何?」



……知らない。



こっちが聞きたい。



人は転びそうになった時。



驚いた時。



思いもよらないことが起きた時。



なぜ、あんな言葉を発するのだろう。


「あっ!」でもない。


「うわっ!」でもない。



「おーんどっど。」


人生で一度も使ったことのない音が、危険を察知した瞬間だけ口から飛び出してくる。


脳は非常事態になると、言語中枢が休憩に入り、代わりに原始時代の何かが喋り始めるのかもしれない……。


注意一秒。


無事、怪我はしなかった。


でも『おーんどっど』は一生は言われるかもしれない。



それでは!



また!


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