ハリボテ社会の正体 #7|「改憲は空気で勝負している」——憲法学者が認めたこと
この連載で繰り返し扱ってきた問いがある。
憲法の条文は変わっていない。法律の形式も守られている。なのに、社会の実態は変わっていく。なぜなのか。
その問いに、予想外の場所から答えが来た。
専門家が言った言葉
2026年7月、憲法学者の木村草太がSPUR誌のインタビューでこう述べた。
「改憲は実は結構空気で勝負している面もある」
読んだとき、少し立ち止まった。
「空気で勝負している」と言っているのは、政治家でも評論家でもない。東京都立大学で憲法を専門とする大学教授だ。憲法の条文を読み込み、判例(過去の裁判で確立した判断)を分析し、改憲の論理を誰よりも深く理解している人が、「法的な論理よりも空気が重要だ」と言っている。
これは、この連載が第1回から追いかけてきた問いへの、専門家による確認だった。
「法的反論」が空振りになる理由
第1回で書いたことを思い出してほしい。憲法には「社会通念上相当か」という変数が埋め込まれている。この変数を書き換えることで、条文を一字も変えなくても、憲法というプログラムの動作を変えられる——という話だった。
木村草太の発言は、この構造を専門家の言葉で確認したものだ。
「これは憲法違反だ」という法的反論は、聴衆が「憲法を守るべきだ」と思っていることを前提にしている。しかし「社会通念」が変わってしまえば——「多少の解釈変更はしかたない」「今は安全保障が大事だから」という空気が広がれば——法的な正確さは空振りになる。
法的な正しさは、空気に対抗する武器にならない。空気への対抗は、空気のレベルでしか行えない。
専門家自身が、そう認識している。
言葉が変わると、世界が変わる
木村草太は、同じインタビューでもう一つ具体的な指摘をしている。
自衛隊を憲法9条に明記することで、言語が変わるという問題だ。
現在、自衛隊を外国に送ることを「派遣」と呼ぶ。行政上の命令で人員を送るという、中立的な意味の言葉だ。しかし9条に自衛隊が明記されれば、同じ行動が「派兵」と呼ばれるようになる。軍を戦地に送るという、軍事的な響きを持つ言葉だ。
現在の言語:「自衛隊を派遣する」
→ 「派遣」=行政命令で送る(中立的なイメージ)
9条明記後の言語:「自衛隊を派兵する」
→ 「派兵」=軍を戦地に送る(軍事的なイメージ)法律は変わっていない。実態も変わっていないかもしれない。しかし言葉が変わることで、国民が同じ行動を「普通の軍事行動だ」と認識するようになる。
木村はこれを「軍化(軍隊としての色が強まること)により自然に言われるようになる」と表現した。誰かが命令するのではない。宣言もない。ただ、呼び名が少しずつ変わっていく。
社会通念の書き換えは、こういう形で進む。
5万人が集まっても、空気は変わらなかった
2026年5月3日の憲法記念日、東京で「憲法大集会」が開かれた。参加者は約5万人。若者・女性の姿が目立ったと報道された。
翌日の主要新聞の社説(各紙が掲載する論説)を確認してみた。
産経新聞 「9条の弊害を直視し改正実現へ」 → 積極的に改憲を推進
東京新聞 「権力縛る原点に返ろう」 → 立憲主義(憲法で権力を縛るという考え方)の本質を問う
朝日・毎日 「丁寧な議論を」「国民参加を」 → 穏健な中立
日経 「丁寧で建設的な議論を」 → 穏健な中立5万人が声を上げたのに、主要紙のほとんどは「丁寧な議論を」という穏健な言葉で並んだ。「改憲に反対する」と正面から書いた主要紙は、ほぼなかった。
これは5万人の行動が「無意味だった」という話ではない。
「5万人が集まること」と「空気が変わること」は、別のことだ。
抵抗の運動があることと、社会通念が変わることの間には、大きな距離がある。「穏健な議論を」という言葉が多数を占める状況は、それ自体が一つの「空気」だ——改憲に強く反対するのは「過激な立場」という印象を、じわじわと作り出す。
その距離を何が埋めるのか。木村草太の発言が残した問いは、ここにある。
専門家自身も、気づくのが遅れる
この調査でもう一つ気になる言葉があった。
憲法学者たちが集まる学術団体「全国憲法研究会」の代表・江島晶子が2025年の就任挨拶でこう述べた。
「旧優生保護法のような重大な人権侵害は、本来憲法学がより早期に察知すべきだった」
旧優生保護法は1948年から1996年まで存在した。知的障害・精神疾患などを理由に、約2万5千人が強制的に手術を受けた。長らく「合法的な制度」として機能していた。
憲法の専門家が「気づくのが遅れた」と認めている。
空気の変化は、専門家でさえ察知できないほど静かに進む。「法律の専門家が見張っているから大丈夫」という安心感は、根拠がない。非専門家が気づかないだけでなく、専門家も流される——これが「静かな書き換え」の本質だ。
今回の問い
この連載を通じて、社会通念という変数がいかに書き換えられてきたかを追ってきた。
今回の発見は、その問いへの専門家からの答えだった。改憲の問題は、法学の問題であると同時に、「空気」の問題だ。法的反論は空気に対抗できない——その認識を、専門家自身が持っている。
では、空気には何が対抗できるのか。
次回は、「市民が抵抗しようとしたとき」を見る。沖縄・辺野古の基地問題での逮捕・不起訴の実態。市民が意図的に法律を破って抵抗すること(市民的不服従)を「正当化」しようとすると、刑法が「社会通念」という言葉で判断する構造——これが、閉じたループを作っている。
連載「ハリボテ社会の正体——設計上のバグとしての社会通念」第7回
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