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2026年8月のテーマその壱:闇と光

すでに8月に入って1週間以上が経ってしまったけれど、、

今月2026年8月のテーマの一つは

『闇を見つめ、光を見出すとき』

わたしたちはみんな、闇の部分を持っている。そして、光も。地球という星は、光があれば必ず闇がある。

例えば、地球を照らし命を育み温もりを与えてくれる太陽。どこから見ても光でしょう、、と思うのが普通だろう。けれど、その光が影を作る。光が濃いほど、影も濃くなる。北欧の秋の日差しの下だと、影もぼんやり薄くなる。けれど、昨今の日本の真夏のギラギラ太陽の下にできる影は、とても濃い。また、暑すぎてこの頃は、欧州・北米各地が燃え上がっているが、これは、太陽の闇の部分でもある。光が強すぎると、命が枯れたり燃え尽きたりする。

人で例えれば、とても明るくて、みんなの気持ちも明るくしてくれる人がいるとする。その人が部屋に入ってくるだけでパッと場が明るくなり、つい、そちらを見たくなる。その人の話しは楽しく、こちらまで愉快な気持ちになる。けれど、苦労知らずで楽天的なだけの明るい人は、苦難に弱かったり、辛い思いをしている人の気持ちが分からなかったりすることが往々にしてある。

惑星の中で一番大きくて幸運をもたらすと言われている木星も同じ。木星が巡ってきたら運勢が上がるとよく言われるけれど、実は、影の部分や傷の部分に木星が触れると、その闇や痛みをどんどん膨らませ、広げ、大きくしてしまう、という力も持っている。あるいは、物事を楽観視しすぎて失敗を招いたり、できない約束までしてしまって相手を落胆させるということもある。

全てに闇や影の部分がある。太陽でも木星でも。

あまりに強くて熱くて忌み嫌われがちの最近の太陽光線だけれど、照らすものを一層輝かせて、この頃はとみに美しい。面倒で馬耳東風なため覚えていないけれど、なんでも、その美しさには科学的根拠があるらしい話をちょっと前に聞いたことがある。写真は、一坪ほどの菜園で育てている胡瓜の葉。

太陽でも木星でもそうであるように、人間にも光も闇もある。「陽キャ」「陰キャ」だとか言って、人を分類することで安心しようとする子供たちを見る。その気持ちもわからないでもない。けれど、星と同じで、人間はそんなに簡単に型に当てはめられるものではない。陽キャと呼ばれる子が、笑いながらイジメをすることもあれば、陰キャの子が、人知れず自分にとっての歓びをよく知っていて満たされている、ということもある。

それだけでなく、単純に闇を持っていることが悪い、ということではなく「ただ、そういうもの」ということもある。お日様が登ったら沈み、やがて闇の時間がやってくる。闇も、いわゆるこの世の摂理の一つなのだ。だから、良いか悪いかを決めるのではなくて、自分の中にある闇は何か、それを見つめることが大切だ。夜になったら暗いものだ、ということを知らないまま、闇雲に夜道を走ると転んでしまうけれど、知っていたら灯りをつけることもできるだけでなく、闇の時間は走るのをやめて、熟睡できる闇の中では眠るようにすることもできる。

それだけでなく、闇の中にはよく光が隠されているものだ。

例えば、物心つくかつかないかの幼い頃から、シングルマザーで自分を育ててくれている母親が苦労しているのを見て育った子がいるとする。その子は、社会の中でぞんざいに扱われたり、男性にセクハラやパワハラを受けている母親を見ていたたまれない気持ちになり、社会そのものや、男性への怒りも湧いてくるだろう。でも、苦労していつも疲れているいる母親に、自分の抱えている怒りについて何も言えず、逆に、自分を育てるためにお金や手間を掛けさせていることに罪悪感を持っていたりする。

学校や世間で気持ちを共有できる友人や、気持ちを打ち明けることのできる大人もいなくて、気づかないうちに心に闇が巣喰ってしまう。その闇はその子を疲れさせ、罪悪感はその子が本来持って生まれた光を遮ってしまう。そうするうちに、常にどこか倦怠感を感じる大人になったり、男性不信になり愛し愛されるお相手と健やかな関係性を結べない女性へと成長してしまう、などということが起こる。

ところが、怒りの根底にあるのは、希望の光なのだ。ジェンダーに関係なくみんなが平等に扱われる、学歴や履歴に関りなく一個の人として見てくれる、セクハラやパワハラのない、シングルマザーに優しい、そんな世の中を求めているのだ。そして、それを理解してくれる仲間や友人や相手を求めているのだ。そこには、望みがあるのだ。希望があるのだ。希望があるから落胆があり、闇が生まれているのだ。辛そうなお母さんを見るたびに悲しかったから、幼かった少女は世の中と他者に不信感を持つ大人になってしまったのだ。

けれど本当は、お母さんが、笑顔で満ちる女性であって欲しかった。同じ女性として、明るい未来の自分の姿をそこに見たかったのだ。

このように、光と闇は同じコインの表裏一体でもある。

そして闇は、わたしたちに隠れ場所や休息の時間を与えてくれるだけでなく、夢と希望を抱かさせてくれる、複雑で、芳醇で、そして無意識でいると危険なものでもある。

世の中の闇はどんどん濃くなっている。まるで強い光を放つ太陽に呼応するかのように、戦争が続き、貧富の差が激しくなり、横暴な政治家や強欲な企業家たちが大手を振って他者を踏み倒しながら闊歩している。さまざまなディバイスを通して、きな臭い話しが巷にはまことしやかに流れている。そうして、世の中の闇はわたしたちに投影され、わたしたちの闇が世の中に反映されている。

その影の深い波に呑みこまれてしまわないためにも、わたしたち一人一人の中にある闇を見出し、その底にある希望の光を見出すチャンスの時が現れる。それが、この8月、そして正確には9月上旬である。

あなたの闇はなんだろう。そして、静かに輝く希望の光はなんだろう。

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文・写真 by さっか



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