【小説】坂木 司|和菓子のアン 掌の上(後編)
ジャーロ11月号(No.85)より、坂木 司さんの連載をご紹介します。
(「掌の上(前編)」は『ジャーロ9月号(No.84)』に掲載しています)
―――――――
お茶会用の注文をした男性のお客様。お菓子
の包装がやけに気になるみたいで……。

その数日後、店に電話があった。
『忙しかったらごめんね。先日注文をした正木だけど』
正木様。ああ、『下萌え』をご注文された方だ。
『あのさ、昨日注文したお菓子だけど、ちょっとお願いがあるんだ』
デザインや個数の変更だろうか。メモを前にお話をうかがうと、希望は予想外の方向だった。
「タッパー……ですか?」
『うん。どうせ持っていくのは内輪の集まりだし、パッケージが無駄かなあって思って。ほら、時代はSDGsとか言うじゃない。エコだよ、エコ』
容器は持参するから、ね。と言われて私は困った。こういうお申し出は、これまで受けたことがない。
(考え方は素敵だけど)
多分、衛生的な問題があるんじゃないかな。もしそれが許されていたら、同じデパ地下のデリやお茶の量り売りなんかが先にやっている気がするし。
「申し訳ありません。私の一存では判断できませんので、責任者に聞いてまいりますね」
少々お待ちいただけますでしょうか。そう言って私は藤代店長に電話の内容を伝えた。
「容器持参?」
「はい。エコなのでそうしたいとおっしゃっています」
「う~ん、お気持ちはわかるけど、それはちょっと無理ですね。ここは個人商店ではなく、ルールを共有した百貨店なので。みつ屋もまた、東京デパートのルールの中にあります」
あ、なるほど。私は藤代店長の説明に納得した。衛生的とかそういう以前に、デパートの中の店舗という立ち位置の問題があるんだ。
「できるだけ簡素に、ご自宅用の包装にしますとお伝えしてくれますか」
「はい」
私がそう伝えると、お客様は「そっかあ」とつぶやいた。
『でもそうだね、しょうがないね。そしたらせめて箱はただの白いやつにして、シールとかも一箇所にしてくれない? 同じお菓子なんだし、賞味期限は一緒でしょ』
それを再び藤代店長に伝えると、シールに関しては難しいという答えだった。なんでも、工場から注文品が上がってくるとき、一つずつプラケースに入っていたら全部にシールが必要で、プラケースに入っていない場合は白い箱に一枚という形が可能なのだという。
「東京デパートでは、一度封をした食品にはシールを貼るという規定があるんです。だからプラケースで封がされている場合は、それぞれに貼らなければいけなくて」
そして今回の場合は、お菓子がそぼろ系なのでプラケースに入っている確率が高い。
「飾りのないお饅頭みたいなものだったら、ケースのない場合もあるそうです。ただ、それでもセロハンで包まれていて、シールは底面に貼られることになるんです」
そう説明すると、正木さまは『なるほどねえ』と言った。
『わかったよ。じゃあその自宅用の簡素な包装でお願いするね』
納得していただけてよかった。私は受話器を置いて、正木さまの予約表に
『ご自宅用包装 ご希望・できるだけシンプルに』と書き添える。
「なるほど、SDGsですか」
電話の内容を詳しく話すと、藤代店長は深くうなずいた。
「そういう視点は、大切ですね。デパートはただでさえ、過剰包装になりがちなので」
「最近、ようやく袋の徹底がなくなりましたもんね」
デパートというのは、さっき藤代店長が話したようにルールを共有したお店が集まってできている。なのでデパート側としては「同じ所属ですよ」という姿勢を示すため、その店舗独自の袋よりも、東京デパートの紙袋を使うように各店に指示を出していた。それが、件のSDGsの流れを受けて「ご希望の場合のみ」に変わったのだ。
「これは昔の感覚ですが、やはり『デパートの紙袋』というのは信頼の証といった部分が大きかったですから、この変化はすごいですよ」
そういえば以前、「何を買うか」より「どこで買うか」が重要なんだという話を聞いたことがある。そしてそのときも「デパートの紙袋」がポイントになっていたっけ。
「デパートって、確かに信頼されているのかもしれませんね」
「ええ。バイヤーがいて、そのお眼鏡にかなった商品だけを置いている。そこが大事なんだと思います。デパートは、元祖セレクトショップですから」
「セレクトショップ……」
その響きがおしゃれすぎて、私が入ることをためらってしまうタイプのお店。ものすごく勝手なイメージだけど、洋服はワンサイズしかなくて、本は洋書、家具はオーダーとか輸入物って感じ。だからMサイズが入らなくて英語で本が読めない私には、縁がない。ちなみに家具は実家住まいだから、そもそも買う必要がないし。
(なのに)
そんな私が今、働いている場所がセレクトショップの元祖とは。
「そのセレクトに対する信頼とか、買った物に対して保証があるイメージとか、そういう全てがデパートの袋に印刷された店名やロゴに詰まっているわけです」
袋。それを聞いて私はあることを思い出した。
「そういえば、ブランドの袋だけをネットで売っている人がいるらしいですね」
ネットのニュースで記事になっていたので、覚えていた。なぜならその袋
の中には、有名百貨店のものもあったから。
「本当ですか。それは新品? それとも中古品ですか」
藤代店長は驚いたように目を見開いた。
「私が見たときは、両方ありました」
新品っぽいものは十枚くらいの束になっていて、中古っぽいものは一枚ずつ違うものが複数、というパターンで出品されていた。
「それってつまり、袋が信頼の証だから値段がついて売れるってことですよね」
「まさにその証拠だとは思いますが――どうなんでしょう。紙袋を数枚売ったところで、送料など考えるとそれで儲けが出るのかどうか」
確かに。でも送料を払ってまで欲しい人がいるからこそ、成り立っているわけで。
「あ、中にはもう廃盤になったデザインの袋だからっていうのもありましたよ」
「なるほど。袋のコレクションをしている人がいるのはわかります」
何事につけ、マニアはいるものですから。藤代店長はそう言ってうなずく。
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