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イマジナリーアックス:第二話

イラスト:カガヤケイ

氷野「松倉さん、今日どうしたんですか? ヤマキ部長に呼び出されてましたよね」
 そう言って、ビール片手に枝豆をつまむ氷野ひの。俺の数少ないゲーム仲間にして可愛い会社の後輩だ。彼の誘いで居酒屋チェーン「いか奉行・池猫駅5号店」に来た。安さとあまり混雑していない点が俺には魅力だし、きっと氷野もそう思っているのだろう。俺たちゲーマーは食事や酒にお金と時間を費やしたくないのだ。
 保険会社「よろこび生命」営業支援課の副主任。それが俺の肩書きだ。剣さんや夏さんとは大違いで至って普通のサラリーマンをしている。新卒で一社だけ受かったこの会社で営業職に就いたものの、成績不振で2年を待たずに配置換え。今のポジションに流れ着いた。まあそもそも俺は営業に向かないんだよな。給料はガクっと下がったけど、残業はほぼ無し。自分の時間さえあればいい。存分にゲームができればそれでいいんだ。しかし今日は酷い失敗をしたものだ。
奏太「……報告書の数字、二桁間違えてた……」
氷野「二桁って…… そんなミスあります?」
奏太「完全にやらかしたな…… それにしても怒鳴ることないのにな」
氷野「フロアに響き渡ってましたよ。見せしめみたいなことですよね。部長のよくやる手口です。あとは、奥さんと喧嘩してて虫の居所が悪いとか、そんなとこじゃないですかね」
 氷野のジョッキはもう空になっていた。慣れた手つきでメニューのタッチパネルを操作し、おかわりを注文する。
氷野「それにしてもどうかしたんですか? 家のゲーム機壊れました?」
 氷野が茶化してくる。いつものウザい表情を浮かべている。
奏太「そうそうそう、プレイエンジン4がな、ボワッと煙を上げてな。あーこれじゃーゲームできないよーーってな…… じゃねーよ。壊れてねーわ」
氷野「おおっと。ノリツッコミ。珍し…… 松倉さん、やっぱりちょっと変ですって。どうしたんですか。最近目の隈もひどいですし…… 何でも言ってください。ボクと松倉さんの仲じゃないですか」
奏太「……アックスメイト、増えたの知ってるか?」
氷野「ああ、アプリでちらっと見ましたよ。トラフマーのアイコンですよね。何かあったんですか」
奏太「この前、大学んときの先輩の誘いでリアル脱出ゲームに行ってきたんだ」
氷野「あ、今『イマジナ』コラボやってますよね」
奏太「その通り。だから行ってきた。でな、先輩が呼んだ一人に『イマジナ』に詳しい須波さんって人がいてな……」
 俺はことの次第を氷野に伝えた。
 一通り語り終えた後、タッチパネルで、いか奉行の名物・いかばくだん串を注文した。
氷野「大体分かりました…… ちょっと、いや、かなり謎な人ですね。受け答えも。それとギターケースも気になります」
奏太「そうなんだよ」
 俺はへの字口になり、後頭部を掻く。
氷野「対戦したりしてるんですよね。結構詳しそうですし、強かったりしますか」
奏太「それがさぁ。強いなんてもんじゃねーよ。1セットさえ取ったことがないんだ。もちろん俺はグイレで、須波さんはトラフマーな」
氷野「まじっすか! 松倉さんほどの人が。トラフマー飛び道具ないから、グイレ有利ですし。相当格上なんすかね」
奏太「わからん。あんな毎回ボコボコにされて平気でいられるか、と。キャラ差で言えばこっちに分があるっていうのにな。眠れないほど悔しくてな」
 氷野は口を挟まずによく頷いてくれている。
奏太「知ってるだろ? 俺さあ! ……格ゲーには、格ゲーにだけはさあ!!……」
 思わず語気が強まってしまった。



――小学五年の時、ゲーセンの対戦台で、27連勝したことがある。いつの間にか俺の背後にはひとだかりが出来ていた。根が臆病だから、彼らのほうを直接向くことはせず、画面の反射・映り込みでその集団を見ていた。「あいつ強いな」とか「まだガキの割にやるなあ」って声が聞こえてきた。28連勝目に挑んだものの、ハメくさい卑怯なやつが乱入してきて阻止された。敗北して台を離れるとき、見ず知らずの“お兄さん”が「お前強いな。よくやったな。あいつはハメしか使ってないから気にするな」と肩を叩いてくれた。運動も駄目。勉強も駄目。図画工作だって下手くそだ…… 何一つとりえがない俺にとってはたまらなく嬉しかった。生まれて初めて褒められた気がした。この世にいるという生の感覚を初めて得られた気がした。ただただ暗い顔して生きていた俺にとって格ゲーが唯一の希望となった――



 俺はおしぼりで顔を拭いた。
奏太「自分でも驚いてるんだ。こんなに感情を乱されるもんなんだな…… 何だか自分が自分でいられなくなるっていうか」
氷野「アイデンティティを脅かすような」
奏太「そうかもしれない。……格ゲーってさあ、究極は心理戦みたいなものだろ? 何か俺のやることがことごとく読まれてるっていうか、駆け引きの部分で全部ハズレひくんだよな。まあこっちはとりあえずソナーブームで牽制するわけだが、飛びを通してくるんだよ。で、あのコンボを叩き込まれる」
氷野「トラフマーのあのコンボって言ったらアレですか。ジャンプ大P→しゃがみ中Kキャンセル→“秋が隠した夜曲(セレナーデ)”×3ですね」
奏太「そう。安定の大ダメージな。更にこっちが受け身間違えると追撃でジャンプ大Kが入る。それでもう画面端を背負うことになる」
氷野「不利っすね」
奏太「あー強くなりてー。マジで強くなりてー……」
店員「お待たせしましたー。中ジョッキと、いかばくだん串になります」
 氷野がすかさず手を伸ばし、いかばくだん串にかぶりつく。
奏太「あ、おい」
氷野「えっ、ボクのために頼んでくれたんですよね」
奏太「おいおい。そんな気の利く人間じゃねえよ俺は。自分で食べようとしたの。つーか、分かってて食べただろーお前。 ……まあいいわ。また頼むわ」
 氷野と俺は職務上ほぼ関わりが無い。つまりこいつとは利害が無いんだ。競争も軋轢も生じない。心地いい関係だ。それに物事を深刻にとらえ過ぎないところがある。それも助かる。
氷野「あっ、分かりました! それなら直接教えてもらえばいいんじゃないですかね? 須波さんに」
奏太「おお、おい…… まじか……」
氷野「分かりますよ。プライドが許さない、みたいなことですね。でもそれが一番手っ取り早くないですか」
奏太「うーん……」
氷野「このまま負けっぱなしで、悔しがり続ける人生で終わりですか?」
奏太「んー…… ま、そうだな……」

(つづく)




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