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イマジナリーアックス:第五話

イラスト:カガヤケイ

▼汐理

 入浴。ドライヤー。少し長めのまばたき。呼吸のカウント。
 そしていつものように書き綴る。この紫色のインクで。

【あきらへ
 あたしは元気だよ。たまには返事が欲しいかも。……なんていじわるなあたし。
 最近は松倉さんとよく『イマジナ』で対戦するようになってるよ。ゲームを心から愛している人だなっていうことだけは伝わってくるんだ。ええ、もちろん負けたことはないよ。あたしはプロゲーマーのオリィンですからね。

 筋はいいけれど、プレイが単調というか素直すぎるよね。かなり仕上がってるグイレだとは思うけど、とにかくアイデアが乏しいっていうか。定められたことをこなすだけっていうか。受動的っていうか。『イマジナ』で露骨に待つなんて、ね。きっと真面目で嘘がつけない人なんじゃないかな。勝敗を追求するのならもっとやりようはあるだろうに。まあ彼の人柄ってところかな。

 何というか、……嫌いじゃないな。 ……ちょっと気になるっていうか。このことはあきらには、伝えておくね。
 この間、ウチに来てもらって、徹夜で全キャラレクチャーしたよ。

 さて、いよいよサンドロスが追加されたね。あきらのシナリオは素晴らしいし、それを楽しんでくれる人は少なくないみたい。さすが「山凪哲やまなぎあきらクオリティ」ね。あとノイマーンはファン投票で2位だよ。あ、ちなみに1位はムート。さすがは主人公。
 ファン投票で急浮上しているキャラと言えば、傭兵部隊長のジョルジュね。先日の新エピソード公開で、元菓子職人だということが明かされてね。女性ファンが増えてる。新技のクグロフセパレーターもあきらの狙い通り。他のキャラも対策に大忙し。面白い流れになってきたね。
 逆に人気を落としたのは、“準神”を自称するチョウカク。結局、悪徳新興宗教の大新価正倫教だいしんかせいりんきょうの開祖であることが追加シナリオで明かされたから。不安を煽って人からお金をだまし取る。こういうダークなキャラをあえて使う人もいるけどね。
 各キャラの設定やストーリーを小出しにするスタイル、他のゲームでも真似されてる。あきらは業界に影響を与えているんだね。

 あ、それともう一つ。オリィンとしてのフォトエッセイが出まーす。思い切って、水着グラビアを撮ることになりました。ダイエットしなきゃ…… え、なになに? 汐理にダイエットは無理だって? あたしはやるからには全力で行くよ。
 これも『イマジナ』の人気拡大のため。あたしは“あきらの”『イマジナ』が世に広まればそれでいいので。
 今日はここまで。それではまた】



 坂宮夏さんから連絡をもらった。須波さんのことについて伝えたいことがあるとのこと。彼女の話のままに、崎平さきだいら臨海公園に来てみた。都心から電車で30分弱。池猫駅からでも45分程の距離だ。
 大きめの麦わら帽子を被った精神科医は日傘を取り出す。僕と彼女は砂浜に沿って歩きながら話す。

夏「今日は日差しが地獄だ。ほら入れ入れ!」
 あ、相合い傘……
奏太「あ、ありがとうございます。持たせるのもあれなんで。僕が差しましょうか」
夏「サンキュー」
奏太「久々にここ来ました」
夏「あ、ほんと。アタシはよく来るよ」
奏太「お休みの日にですか?」
夏「ううん公私ともにかな。診療所よりもこっちで話を聞く方がいいんだよね」
奏太「……それでいいんですか?」
夏「いいのいいの。アタシ達はメスを持たずに、対話や傾聴でこころを治療する。患者さんもこっちのほうがいいでしょ。あの白い建物は、自分がこころの病に冒されているんだな、っていう暗示をもたらすものでもあるしね。で、ここなら曜日や時間を選べば人もいないから秘匿性も保たれる」
奏太「あ、まあそうかもしれないですけど」
夏「まあ一番はアタシが好きだからなんだけどね、この公園」
奏太「……自由な人ですよね、夏さん」
夏「そうそう、よく言われるー。 ……でもさあ、みんな何かに縛られすぎてるような気はするよね。自分で自分に必要のないルールを課してたりしてさ。そうしなきゃなんない理由でもあるのかな。そうするのが楽しい人はそうしてもいいけどさ」
奏太「縛りプレイって分かりますか」
夏「えっ? 何急に? そりゃあ、まあ、分かるけど…… ソータそういう趣味あんの?」
奏太「ん? 何か勘違いしてます? SMとかそういう話ではないですよ」
夏「あ、そうなの。つまんないの」
奏太「……えーとですね。僕が言ってるのはゲームの縛りプレイのことなんです」
夏「何ソレ? どういうこと?」
奏太「あえて自分の中で自分に不利なルールを定めて、それを守りつつゲームを進めることです。僕、結構好きなんですよね」
夏「へー。アタシ、ゲームほとんどやんないからなー。ロープレのドラクエ(ドラグーン・クエーカーズ)くらいしか知らないし」
奏太「ロープレで言うなら…… 例えば、魔法を一切使わない、なんていうのは縛りプレイですね。まぁ極端な例ですけど」
夏「むずっ。何でそんなことやんの。それ面白いの? マゾなの?」
奏太「あ、結局SMに話が戻ってきましたね。その不自由さ、苦しみというか、一筋縄ではいかない感じを楽しむんですよ。難易度の高さを味わうっていうか」
夏「なるほどー。選択的不自由としての自由ってところね」
奏太「せ、選択的……」
夏「……ただ、中二病的な心理があるね。それ」
奏太「……中二病……」
夏「そう、“自分は他の人とは違うんですよ”、っていうのを自覚しようとしたり、またそれを知らしめるような傾向がある。アイデンティティーの危機的な、劣等感の強い人が陥りがちな症例。疾病とまでは言えないけれどね」
奏太「僕、やっぱり中二病なんでしょうか」
夏「ははは、ちゃんと診察する? いやいや、ソータは健常者じゃないかな。……ああそうそう、汐理のことだった」
奏太「そうでした」
夏「汐理はね、アタシの大切な友達であると同時に、ウチのクリニックの“患者さん”なんだ」
奏太「えっ? ということはこころの何かが?」
夏「うん。そういうこと」
奏太「……あんまり詮索しないほうがいいですよね」
夏「まあ、そうだね。でね、汐理にはね、パートナーがいたほうがいいんだよね、精神医学的な理想論かもしれないんだけど。医師として、友達として汐理を“救いたい”んだ。そんな中、たまたま剣くんと出会ってさ、ソータに白羽の矢が立った」
奏太「ああ、そうだったんですか。ゲームつながりですかね」
 剣さんの世話焼きは昔からだ。人と人をつなげることに生きがいを感じる人種もいるのだろうな。彼はとにかくスマートで人当たりがいい。だから色々な人が集まってくる。剣さんの才能なのかもしれない。
夏「もちろん、無理矢理くっつけようとかそういうことじゃないよ。そんなことできっこないのも分かってるし」
 無言で俺の肩に手を置く。そのまま膝を折り曲げてサンダルに手をかける。一旦脱いで砂を取り除く。さり気ないボディタッチに少したじろぐ。
奏太「……あの、答えられる範囲でいいんですけど。須波さんってどうしてあんなにゲーム、っていうか『イマジナリーアックス』上手いんでしょうか」
夏「まあ、元々素質があったんだろうと思うけど、あとはね、過集中って分かる?」
奏太「初耳です」
夏「人よりも集中力の度合いも集中している時間も長いんだよね。ある特定の一部分に関してだけ。その分人よりもエネルギーを消耗する」
 イマジナへの集中力はこの間の徹夜で目の当たりにした。俺は眠い目をこすりながら食らいついていたが、須波さんのプレイぶりはブレなかったな。エネルギーの消耗……だからよく食べるのかもしれない。
奏太「……それと、音楽やってる人なんでしょうか?」
夏「ギターケースのことね。それ言えないや。個人情報だからっていうのもあるけど、それを度外視しても言わない」
奏太「そうですか…… わかりました。僕、ちゃんと須波さんに向き合うようにします。なんか、夏さんに色々聞き込むのって、ハメ技みたいで卑怯かもしれないですし」
夏「何その、ハメワザって、エッチな話?」
奏太「ちちち違います違います! ゲーム用語です。平たくいうと、まあ反則まがいの卑劣なやり口のことです」
夏「ああ、そう。ソータそういうのやんなさそうだよね。今日話しててよく分かるよ」
奏太「あ、すみません」
夏「そこは、ありがとうございます、くらいでいいの」

(つづく)

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