そういう奴がダンジョンで死ぬ
長野県の住人は自分の住まいの標高を把握していて即答できる、という通説をご存知でしょうか
もちろん長野県人にも色々いるでしょう、標高に興味のない人もいます、自分です
でも、標高の即答ができるタイプの人間を実際に見聞きしているのも確かです
知り合った人が山がちの住まいだったりすると、住まいの場所と共に標高も教えてくれたりするんですね その返しとするために、自分も住まいの標高は一応把握しています 364mです
日本の国内で、山岳地帯な県は長野県以外にもありますが、よその山岳県でも同じような現象があるのか、それとも標高へのこだわりは長野県独自のものなのか? 昔から気になってます
長野県の学校では、近年は減少傾向にあるようですが、行事で本格的な登山を行います 自分の通った学校では、戸隠、乗鞍岳、八ヶ岳などを登りました 本当に辛かった
山に登るための体力づくりから授業の一環として行われ、登山のための装備品の検査も幾日もかけて指導を受けるのです 山などひとつも登りたくないのに
だいたい、登山口まではバスで行くために、乗り物酔いをめちゃくちゃする自分は、耐えられない吐き気にフラフラのままで標高の高い山に挑まねばならず、うっかりすると滑落して怪我をしたり遭難することもありえる登山を強要される長野県の義務教育要綱を心底憎んでました
学生の時代は遥かに昔に去り、年を経てくると、登山というものに惹かれる気持ちを持ち始める方が、身近にちらほらと現れました
実家の母も時々出かけているし、人によっては学校の行事の頃から登山が大好きでたまらない人も見聞きします
noteでも、登山をされた人の随筆を拝見することがあるし、自分も登山や登山家をテーマにした作品を読むのは決して嫌いではありません 実際に登るのはごめん被りたいですが
そして、これも長野県の現象なのか分かりませんが、ある程度のご年配の方で
「そういう奴が山で死ぬんだ!」
という文言で人を説教するタイプがいます
動作が鈍かったり、適切な準備を怠ったり、注意力散漫で話を聞かない人などに向けて、その罵声を浴びせるわけですが、自分は直接言われたことはないけど、耳にするたび言われずとも山など行くかと憤懣やる方ない気持ちになります
_______
ところで、自分は『ダンジョン』に行くのが、ものすごく好きです
ダンジョン、直訳すると(地下迷宮)に相当しますが、
迷宮であったり洞窟であったり、城塞や塔などで、恐るべき怪物や罠などの脅威と対峙し、財宝を見つけ出したりするような場所を指します
TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)や、ゲームブック、あるいはNintendoSwitchなどをはじめとする家庭用ゲーム機などでの『ダンジョン』に挑めるゲームが、昔から大好きです
手持ちの装備品を整え、挑む迷宮の構造を把握し、ダンジョン踏破へ挑む物語が大好きなのです
ハイパートンネルズ&トロールズ
ソード・ワールド
セブンフォートレス
死の罠の地下迷宮
火吹山の魔法使い
恐怖の館
トルネコの大冒険
風来のシレン
世界樹の迷宮
俺の屍を越えてゆけ
ペルソナQ シャドウオブラビリンス
どれも手強く、でも何度挑んでも飽きの来ない、そもそも『ダンジョン』に居られることが嬉しくてたまらない、そんな作品ばかりです
で、思うわけですが、
山が好きで登りたい人の山への思い入れと、自分のダンジョンへのそれは極めて近しいような気がするのです
職場とかで、「いま何時だっけ〜?」とか「きょう何曜日だっけ〜」とか、自分が必要な現在情報の把握をせずに平気で人に聞いて任せる奴とか
業務で使用する筆記用具とか、自身の体調管理の上で必要な鎮痛剤や鼻炎薬などの備えをまるでせずに、持っているであろう人間に何度もたかってくる奴などに
お前みたいな奴がダンジョンで死ぬんだ!
そして同行者を死なせるんだよ!
と、心で罵倒します 山の人と同じメンタルです
とは言え、たかってくる奴には恵まないと、特に職場だと仕事の進みが悪くなるので、恵む用の余剰分を確保しています
おれはダンジョンで死なない備えが出来る人間だからな! と言わんばかりに
だから、逆に言うと
この人は頼もしいな、仕事の仕上がりが丁寧だなあ、一緒に居られると安心だし、嬉しい、しあわせだ
そんな人に巡り会えると、あなたとダンジョンに行きたいって口説きたくなっちゃうんですよね
だからもし、自分のnoteの記事やコメントなどが気が利いてるなあって思ってもらえたら、一緒にダンジョンに行きましょうって声かけをしてほしいんです
それはダンジョン大好き人間として、さいこうの褒め言葉だから
