10センチの弁当箱で、自分を回収している
私に残っている自由は、
思っていたよりずいぶん小さい。
ゆで卵にするか、出汁巻卵にするか。
紫玉ねぎを右に置くか、左にずらすか。
会社ではもっと大きな判断に関わっているはずなのに、いま私が自分の名前で決められるのは、その程度のことしかない。
だから朝の台所で私は、まだ会社用の言葉に直されていない判断を、小さな木の弁当箱へ先にしまっておく。

肉を主役にするのか、今日は野菜の顔を立てるのか。蒸した鶏肉とインゲンから、細く湯気が上がっている。指先で触ると、まだ少し熱い。紫玉ねぎは昨夜よりよく染まり、朝の光の中で必要以上にきれいに見える。
私はそれを箸でつまみ、いったん右に置き、やはり左へずらす。
昼に自分が食べるだけで、誰かに見せる予定があるわけでもない。それでも弁当箱の前に立つと、私は妙に真剣になる。昼には食べ終わってしまう決定なのに、まだ心が動く。
詰め終えると、私は毎朝一枚だけ写真を撮る。SNSに載せるわけでもないのに、夜になると一人で見返し、「弁当に入れるにはシュウマイを大きく作りすぎた」「ゆで卵が弁当の中心からずれているのが気になる」と、誰にも頼まれていないレビューをする。
私は、製品の機構を設計する仕事をしている。
図面の中にあったものが実際の形になる頃、量産前の確認で中国の工場へ出張することがあった。
会議や調整をいくつもくぐり、現地に立つ頃には、伝えるべきことはすでに図面へ入り、世に出る前に見飽きた製品がラインの上を流れていく。言葉の分からない私は、完成品にだけ反応する検査装置のようになっていた。
そんなとき、現地の担当者たちと囲んだ円卓の料理だけは違った。
唐辛子の山から、小さな唐揚げを発掘する料理。
匂いが強すぎて、気配だけ先に届く黒い薬膳鍋。
肉塊に添えられた鶏の足は、「大丈夫、私は鶏です」と過剰に自己主張してくる。
食事が始まると、さっきまで図面を挟んで向かい合っていた担当者たちは、箸を持ち、仕事を円卓の外へ置く。私も現地の流儀に合わせようと思い、初日は唐揚げと一緒に唐辛子まで頑張って食べた。二日目になって、周りの人は誰も唐辛子には手をつけていないことに気づいた。
そこで最初に覚えた中国語は、何度も耳にした「メイウェンティ(大丈夫)」と「メイグヮンシィ(気にするな)」だった。唐辛子まで食べながらその二つを繰り返していたので、誰も止めなかったのだと思う。
過剰な痺れ、過剰な香り、異形な輪郭。
最初は料理にすら見えなかった。それでも食べているうちに、決まりごとで固くなっていた頭まで、匂いや痺れに反応し始めた。だから今の弁当には、紫玉ねぎのアチャールの隣に、花椒や八角の効いたおかずが平気で並ぶ。円卓では、そんな匂いも痺れも強いまま許されていた。
私の案は、会議に出すと浄水されて戻ってくる。
納期、予算、デザインレビュー、信頼性試験。何層ものフィルターをくぐるうちに、案は通りのいい形になる。きれいにはなるけれど、その過程で最初に自分が入れておいた匂いまで消えていることがある。
帰りの電車の窓に映る顔が、自分のものなのに、少しだけ会社の所有物みたいに見える日があった。
若い頃、私は玩具の設計をしていた。そこで何度も言われた。
「厚さ10ミリの中に収めてください」
機構も電飾も、その中に入れなければならない。あと1ミリあれば、もう少し素直な構造にできるのに、と私はよく思っていた。
一度、そのことを仕事仲間のプラモデル設計者に愚痴ったことがある。すると彼は、少し驚いた顔で言った。
「なんで? 10ミリも使えるの最高じゃん。俺なんて1ミリもらえれば、どんなモールドを入れようかって、嬉しくて小躍りするよ」
私は少し笑った。けれど今になると、あれは正確な感覚だったと思う。
以前、子どもが部品を押し込んだとき、最後まできちんとはまったことを指先で確かめられる仕組みを設計したことがある。製品の大きさは変えない。コストも上げない。その条件のまま、部品の形とたわみ方を何度も調整し、1ミリにも満たない範囲に、小さなクリック感を残した。
設計者の名前が、玩具の箱に載ることはない。それでも、自分が考えた形や感触は量産され、会ったこともない誰かの手元へ物として残る。割に合わないと思う日があっても、そのことだけは、ほかの仕事では代えがたかった。
レビューの日。会議室の机に図面が並び、その中央に試作品がある。品質担当者が持ち上げ、何度か押し込む。蛍光灯の下を、まっすぐな言葉だけが行き交う。
「音が不良と誤認されないか」
「数が増えれば感触に個体差が出る」
「なくても成立する」
「なくても成立する」。その言葉を聞きながら思う。そもそも玩具そのものが、なくても生活には困らない。そんなことを言い始めたら、何も作れなくなる。
もちろん、口には出さない。量産品としては、どの指摘も正しい。品質保証の立場に立てば、私も同じことを言うかもしれない。
結局、その感触は消えた。
図面が更新されたあと、もう一度試作品を触ると、そこには問題のない無音だけが残っていた。触った人にだけ、きちんと収まったことを知らせる小さな返事は、なくてもいいものに分類された。
それでもしばらくは、指だけが前の図面のまま未更新だった。押し切ったあと、もうないはずの感触を待ってしまう。そのたびに、私は自分が思っていた以上に、あの小さな手応えを気に入っていたことに気づく。
安全、コスト、ばらつき、作業性。どれも簡単には退けられない正しさの中で、あと1ミリを諦めた結果だけが積み重なっていく。
弁当を作ることは、節約でも健康管理でも、ていねいな暮らしの演出でもない。そのことは、弁当を作れなくなったときに分かった。
納期が迫り、残業や出張が重なると、帰宅後に翌日の昼食のことまで考える余力がなくなる。
コンビニで昼を済ませる日が続く。ある日、棚の前に立っても、何を食べたいのか分からなかった。空腹ではあったが、味を選ぶための部分まで、もう仕事に使い切っている。結局、「完全メシ」と書かれた菓子パンを選び、何の栄養が入っているのかも知らないまま、健康に気を遣ったという、誰にも提出しないアリバイだけを作った。
次の会議までに、仕事をしながら片手で食べ切れる。資料をスクロールしながら袋を空にし、食べ終えたことには気づいたが、どんな味だったかは覚えていない。昼食も、午前中から続く仕事の工程の一つになっていた。
続けているあいだは、弁当を作ることがそれほど大変だとは思わない。けれど一度途切れると、もう一度始める朝には、いつもより少し多くの力がいる。フライパンを出すだけなのに、手がとても重く感じる。
それに気づいてから、無理なく続けられる方法を少しずつ探し始めた。
まず、日曜に副菜を何種類も作ってみる。しかし木曜には、冷蔵庫に並ぶ保存容器が、食事の準備というより在庫処理の仕事に見えてくる。野菜をまとめて蒸せば、硬いかぼちゃと疲れ切ったブロッコリーが同居した。
それでも、食べるのは自分だけなので問題なかった。翌朝は気にせず蒸籠へ入れる順番を変える。
朝から何品も作るのは続かない。同じ味には飽きるが、調味料は増やしたくない。手間を減らしながら、食べたいものを残していくうちに、仕事で身についた考え方が台所へ入り込んできた。
順番、熱の入り方、待ち時間。
何度も試すうち、道具と手順が少しずつ絞られていく。
蒸籠のふたを開けると、湯気がいっせいに上がる。まとめて入れた野菜や肉が、熱と湿度の中で、それぞれ勝手に仕上がっていく。見た目は穏やかだが、私の中では小さな生産ラインが動いている。
麹は、先に仕込んでおくだけで、ばらばらな素材の味を黙ってなじませる。最後に花椒や八角を入れると香りが立ち、口に入れるより先に、自分が何に反応する人間だったのかを思い出す。
昼休み、机の上に弁当を置く。
書類とパソコンと、飲みかけのコーヒー。その横で木のふたを開けると、そこだけ材質が急に私物になる。
気づけば私の裁量は、内径10センチちょっとの木の弁当箱の中に残っていた。
10ミリの中にどう詰め込むかで頭を悩ませていた頃に比べれば、10センチという制約はずいぶん良心的だ。
花椒の匂いが立つ。紫玉ねぎは今朝置いた場所にあり、中心からずれた卵の端を、その汁がうっすらピンクに染めている。出張先で出会った規格外の味も、今ではこの中へ収め直している。
弁当箱の中には、消えたはずの1ミリがまだ残っている。
ひとくち食べると、午前中から続いていた仕事が、そこでようやく一度切れる。午後になれば、また会議があり、通りやすい言葉を選ばなければならない。
食べ終えれば、弁当箱は空になる。
夜になると、私は朝に撮った写真を見返す。
彩りに困った日は、毎回紫玉ねぎに頼っている。
もはや副菜というより、色彩担当である。
シュウマイは、今度こそもう少しきれいに包みたい。
それでも翌朝になれば、私は同じ箱の前に立ち、その日の味と配置を決める。
まだその判断には、私の名前がついている。
