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似顔絵とブックカフェ

絵の勉強をしてたのに人物画だけはずっと苦手だ。
顔を仕上げた瞬間、こちらが試される感じがする。
だから私は、サムネからして逃げ腰で始めた。


今日の弁当

- 赤ピーマンの肉詰め
- ブロッコリーのサブジ
- 紫玉ねぎのアチャール
- ゆで卵の麹漬け
- ゆで卵とパクチーの混ぜご飯

形の良いピーマンを見つけるとつい作りたくなる。 中に玉葱麹と余ったカレー粉で下味を付けた挽肉を詰めて焼くだけでお弁当にも見栄えの良いおかずになる。

弁当箱の中はいくら盛っても許されるのに、
顔は盛ると罪になる。


似顔絵とブックカフェ

サムネの似顔絵の話

noteのサムネのイラストは、私の似顔絵である。
もちろん私が描いたものではない。
私に、あんな“さらっと小慣れた線”は出せない。

そもそも私は、人の顔を描くのが苦手だ。
自分の顔なんて描こうものなら、
ちょっと良く描けば「盛ってる」と思われ、
正直に描けば「自分で自分をいじめてる」と思われる。

画力以前に、完成品がどう見られるかという
自意識過剰さが邪魔をしている。

それに下手に描くと、描いた顔に「なんで私をこの顔で生んだ?」
と責められている気がして、妙に罪悪感が残る。

そんな性格なのに、学生時代は絵の勉強をしていたので、人物デッサンの課題の時間はずっと取り調べみたいな気分だった。

そんな私がnoteを始めるに辺りサムネをどうするか。
SNSもやってこなかったので、
「ここに何を置けば人は安心するのか」が分からない。

そこで私は、昔、ある漫画家さんにサインと一緒に
描いてもらった私の似顔絵を採用することにした。

その似顔絵を描いてくれたのが、道草晴子さんだ。
出会った場所は、下北沢にあったブックカフェ
気流舎」。


気流舎の思い出

気流舎は、喫茶店というより
本棚に挟まった小さな異世界」みたいな店で
店内はせいぜい3〜4人。距離が近いぶん、
客も店も濃い。
静かに本を探す人、純粋にコーヒーを飲む人、
店員さんと世間話をする常連さん。

私はよく、ここでチャイを飲みながら人間観察をするのが好きだった。壁一面が本棚なので、そんな私の行動もここでは不審者感が薄れる。

そんなある日、気流舎に行くと、
全身黒い服装に黒髪の色白で綺麗な女性
が角の席にちょこんと座っていた。

雰囲気だけで「ただ者ではない」。
それ以上に怖かったのは、
その人が”何もしていない”ことだった。

スマホも触らず、本も開かず、視線も動かさず、
ただ固まっている。よくできた人形か、
私だけに見えている霊的な何かだと思った。
シックスセンス」でこんなシーン見た事ある。

スピリチュアルな文献や、アフリカの民族楽器
のような物も店内に沢山置いてある気流舎の雰囲気では、ワンチャンありえそうなのがまた怖い。

その女性の顔の横の本棚に、私が以前から少し気になっていた漫画が入荷されていた。「みちくさ日記」。
店内で気に入った本は購入できるので、私は手に取った。するとすぐ近くから声がした。

あの〜、購入された本にサインを書きましょうか?
あっ、もしよければ似顔絵もつけます


声の主は、さっきまで霊か人形だと思っていた黒服の女性だった。

そしてその人こそ、
作者の道草晴子さん本人だったのだ。

新作が気流舎に置かれると聞いて、
どんな人が買うのか気になって来たらしい。
サイン会の存在は知っているが、
作者本人がカフェの隅で擬態しているタイプ
サイン会は初めてだった。
道草さんはその場でさらっとサインを書き、
私の似顔絵まで描いてくれた。

このサイン本は今でも宝物です。

短い時間なのに、ちゃんと道草さんの画風で描いてくれて、私を漫画のキャラクターの一員にしてくれたような気がしてとても嬉しかった。

ただその数日後にある二つのことに気づく。


気づいてしまった2つの事

一つ目。

改めて似顔絵で見ると、
自分の顔ってマジで特徴が薄い。薄すぎる。
昔から何度か会った人に忘れられる程度には薄い。
道草さんもこんな"似顔絵殺しの顔"をちゃんと
似顔絵として成立させるには絶対苦戦したはずだ。

この似顔絵で初見の人が特徴を探すとしたら、
左目の下の大きな黒子が目印になると思う。
でも実はそれ、黒子じゃない。

当時そこに、ちょうど大きめのニキビができていた
だけだ。治ったので、サムネの私は
もう存在しない人物”になった。
私のアイデンティティは期間限定の炎症で支えられている。

道草さんも、似せようとして苦労した末に「ここだ」
と思って残したのが、たまたまニキビだったのだろう。私はモブ顔なうえに、作者に余計な気遣いをさせてしまって申し訳ない。

二つ目。

道草さんの自画像が、実物と似ていない。
ここまでサービスして頂いて、
こんな感想出るのほんと失礼極まりない。

自画像のキャラはこれはこれで愛嬌があって可愛い。
でも実物の道草さんは、先程話した様に
全身黒ずくめのミステリアスな雰囲気の美人だった。

そもそもキャラデザが全然違うのである。
実物はドゥフフなんて笑い方絶対しそうに無い。
そりゃ表紙にその自画像が載っていても、
本人だと気づけないのも当然である。

道草さんは顔出しをしていない。
対談やインタビューもこの自画像で出ている。

昔は本当にこうゆう風貌の方だったのかもしれないが、実は道草さんも、私と同じで「顔を描く」ことに
巨大な自意識の地雷が埋まっていて、試行錯誤の末に
このキャラクターに辿り着いたという説も無いだろうか?

と、勝手に想像して勝手に共感しているが
本当の理由は道草さん本人にしか分からない。

でも、そんな何を考えているか分からないが
優しいことだけは伝わってくる。
それが道草さんの魅力だと思っている。
もし気になった方がいたら、『みちくさ日記』、
とても面白いのでぜひ読んでみてほしい。

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