【バットヘッドスピードを高めるには、バットへいつ・どのように力を加えるべきなのか?】スイング中盤の「回転パワー」と、インパクト直前の「並進パワー」が担う異なる役割

はじめに
「インパクトまで、できるだけ強くバットを回し続ける」
「手首を返して、最後までヘッドを加速させる」
「バットを身体へ引きつければ、回転半径が小さくなって速く振れる」
バットヘッドスピードを高める方法については、このような説明がよく使われます。
しかし、バットはスイング開始からインパクトまで、同じ方法で加速しているわけではありません。
今回取り上げる研究では、アマチュア野球選手99人の打撃動作を分析し、バットに加わる力・トルク・パワーが、スイング中にどのように変化するかが調べられました。
その結果、バットヘッドスピードを高めるためには、
スイング中盤に回転パワーを加え、インパクト直前には並進パワーを加える
という、時間的に異なる二つの仕組みが重要であることが示されました。
つまり、バットは最後まで同じ力で回し続けるのではありません。
スイングの進行に合わせて、エネルギーを加える方法が変化しています。
この研究が調べた本当のテーマ
これまでの打撃研究では、
・膝関節角度
・体幹回旋速度
・肘伸展速度
・骨盤の動き
・肩の回旋
など、打者の身体動作とバットスピードの関係が多く調べられてきました。
しかし、これらは「どのように身体が動いたか」を表す運動学的な指標です。
例えば、体幹回旋速度が速い打者ほどバットスピードが高かったとしても、それだけでは、
・実際にバットへどの方向の力が加わったのか
・バットを回転させるトルクがいつ大きくなったのか
・バットへ機械的エネルギーがどのように加えられたのか
までは分かりません。
論文でも、膝角度や体幹回旋速度などは打撃動作の一部分であり、バットヘッドを直接加速させる要因ではないと説明されています。
そこで今回の研究では、身体の動きそのものではなく、
打者がバットのグリップへ加えた力とトルクが、バットのエネルギーと速度へどう影響したのか
が分析されました。
バットヘッドスピードを高める3つの利点
バットヘッドスピードを高めることには、主に三つの利点があります。
・スイング開始を遅らせ、投球を判断する時間を増やせる
・スイング時間を短くできる
・打球速度を高められる可能性がある
論文でも、バットヘッドスピード向上の直接的な利点として、判断時間の増加、スイング時間の短縮、打球速度の増加が挙げられています。
打球速度が上がれば、野手が反応する時間は短くなります。
さらに、速く遠くへ飛ぶ打球を増やせれば、出塁率や長打率の向上にもつながる可能性があります。
しかし、バットヘッドスピードを高めるには、単純に筋力を上げるだけでは不十分です。
どの局面で、どの方向へ、どのように力を加えるかを理解する必要があります。
対象となったのは99人のアマチュア野球選手
研究には、男性アマチュア野球選手99人が参加しました。
対象者の平均は、
・年齢:19.0±1.9歳
・身長:1.73±0.06m
・体重:70.3±8.0kg
でした。
右打者が55人、左打者が44人です。
対象人数99人は、打撃バイオメカニクス研究として比較的多い人数です。
一方で、対象はプロ選手ではなく、アマチュア選手である点には注意が必要です。
実験ではトス打撃を最大努力で行った
選手は、3.2m離れた位置から投げられたトスボールを、最大努力で打ちました。
使用したバットは、
・長さ:0.84m
・重量:0.90kg
・木製バット
です。
ボールは直径70mm、重量20gのスポンジボールでした。
バット、身体、ボールに反射マーカーを取り付け、250Hzの3Dモーションキャプチャで記録しています。
各選手について、本人が納得できる打撃が3回得られるまで測定を行い、その中からインパクト時のバットヘッドスピードが最も高かった1試技が分析されました。
つまり、日常的な平均スイングではなく、各選手の中で比較的高いパフォーマンスを示したスイングが使われています。
バットへ加わる力とトルクは逆動力学で算出された
研究では、バットの動きから逆算する逆動力学を使い、両手がグリップへ加えた合力と合トルクを算出しました。
力とトルクの作用点は、左右の手の第3中手骨頭の中点として設定されています。
つまり、この研究で示された力・トルクは、
・前側の手が加えた力
・後ろ側の手が加えた力
を個別に測定したものではありません。
両手によってバットへ加えられた合計の力とトルクです。
この点は、研究結果を打撃指導へ応用する際に非常に重要です。
今回の論文だけでは、
「トップハンドが何N押した」
「ボトムハンドがどれだけ引いた」
という左右の手の役割までは判断できません。
バットへ加わる「力」と「トルク」は別物
バットを加速させる作用は、大きく二つに分けられます。
力
バット全体を移動させる作用です。
研究では、この力によって生じるエネルギー変化を「並進パワー」として計算しています。
トルク
バットを回転させる作用です。
研究では、このトルクによって生じるエネルギー変化を「回転パワー」としています。
つまり、バットは、
・グリップにトルクを加えて回転させる
・グリップに力を加えてバット全体を移動させる
という二つの方法でエネルギーを得ています。
パワーとは何を表しているのか
パワーは、単なる力の大きさではありません。
力やトルクによって、単位時間あたりにどれだけ機械的エネルギーをバットへ与えたかを表します。
並進パワーは、概念的には、
力×その力が作用する方向への速度
です。
回転パワーは、
トルク×角速度
です。
強い力を出していても、その方向へグリップが動いていなければ、バットへ与えるパワーは小さくなる可能性があります。
反対に、力がそれほど大きくなくても、グリップが高速で動いていれば、大きなパワーを生み出せる可能性があります。
この違いは、今回の研究を理解するうえで非常に重要です。
スイング区間は0〜100%に正規化された
研究では、バットヘッドスピードが1m/sを超えた瞬間をスイング開始の0%とし、インパクトを100%としています。
そのため、
・スイング50%
・スイング75%
・スイング90%
という表現は、実際の秒数ではなく、各選手のスイング時間を割合に変換したものです。
この方法によって、スイング時間が異なる選手同士でも、同じ進行割合で比較できます。
平均バットヘッドスピードは約122km/h
インパクト時の平均バットヘッドスピードは、
33.8±2.0m/s
でした。
時速へ換算すると、約121.7km/hです。
バットの角速度もバットヘッドスピードと似た形で増加し、インパクト時に、
2349.2±146.7°/秒
の最大値に達しました。
つまり、バットの回転速度そのものは、インパクトまで増加し続けていました。
しかし、バットヘッドの加速度はインパクト時に最大ではありませんでした。
バットヘッドの加速度はスイング85%付近で最大
バットヘッドの加速度はスイング開始から徐々に増加し、スイング85%付近で、
292.3±53.5m/s²
の最大値に達しました。
その後、インパクトへ向かって加速度は急激に低下しています。
ここで重要なのは、
速度が最大になるタイミングと、加速度が最大になるタイミングは違う
ということです。
バットヘッドスピードはインパクトまで高まり続けていますが、速度を増加させる勢いは85%付近を境に弱くなっています。
車で例えると、速度は上がり続けていても、アクセルによる加速の強さはインパクト前に低下している状態です。
回転半径はインパクトまで増加していた
バットヘッドの曲率半径、すなわち瞬間的な回転半径は、スイング中に継続して増加し、インパクト時に、
1.89±0.11m
へ達しました。
つまり、スイング終盤に向かって、バットヘッドは身体からより遠い軌道を通るようになっていました。
これは、
「インパクト直前にバットを身体へ強く引きつけて、回転半径を短くすれば加速する」
という単純な説明とは一致しません。
研究では、バット長軸方向のグリップ力が増加していましたが、その力によって回転半径が短縮されたわけではありませんでした。
バットの長軸方向とは何か
研究では、バット固有の座標系を設定しています。
そのうちBz方向は、
バットヘッドからグリップへ向かう長軸方向
です。
簡単にいえば、バットの先端から手元へ向かう方向です。
このBz方向へ加わるグリップ力は、スイング後半に大きく増加しました。
長軸方向のグリップ力はインパクト時に642N
バット長軸方向のグリップ力は、スイング60%付近から増加し、インパクト時に、
642.1±87.4N
の最大値へ達しました。
642Nは、重力換算では約65kg重に相当します。
ただし、これはバットを手元へ65kgの力で意識的に引き込んでいるという意味ではありません。
高速回転するバットには、バレルが外側へ飛び出そうとする大きな遠心力が生じます。
打者はバットを手から離さず、回転軌道へ保つため、その遠心力に対抗する向心方向の力をグリップへ加えなければなりません。
長軸方向のグリップ力は、バットヘッドスピードの2乗とほぼ完全に関係した
スイング70〜100%の区間では、バット長軸方向のグリップ力と、バットヘッドスピードの2乗の間に、
r=0.989、p<0.001
という極めて強い関係が確認されました。
円運動に必要な向心力は、速度の2乗に比例します。
したがって、バットヘッドスピードが高くなるほど、バットを回転軌道上に保つために必要なグリップ力が急激に増加します。
この結果は、長軸方向の力が、
バットを身体へ引き込んで加速するための力というより、高速回転による遠心力に対抗する力
であることを支持しています。
長軸方向の力は回転半径を短くしなかった
一般的な回転運動では、回転半径を短くすると角速度が高まることがあります。
フィギュアスケート選手が腕を身体へ寄せると回転が速くなる現象が代表例です。
しかし、今回の打撃では、長軸方向のグリップ力が増加しているにもかかわらず、バットヘッドの回転半径はインパクトまで増加し続けていました。
研究者らは、
・長軸方向のグリップ力は回転半径を短縮するほど大きくなかった
・主にバットへ加わる遠心力へ対抗するために発揮されていた
と考察しています。
したがって、この論文を根拠に、
「インパクト直前にバットを強く身体へ引き込めばヘッドが加速する」
と指導することはできません。
スイング中盤では回転トルクが増加した
バットをスイング面内で回転させるグリップトルクは、スイング50%付近からプラスになりました。
その後、スイング75〜80%付近で最大となり、80%以降では低下しました。
このトルクは、バットへ回転エネルギーを加え、バットの角速度を高める役割を持ちます。
研究では、グリップトルクとバットの回転パワーが似た変化を示したことから、回転パワーは主にこのグリップトルクへ依存していたと解釈されています。
スイング中盤から回転パワーが高まった
バットの回転パワーは、スイング50%付近からプラスとなり、スイング中盤から後半へ向かって増加しました。
これは、
・グリップへトルクを加える
・バットの角速度が増加する
・回転運動エネルギーが増える
という流れを示します。
研究者らは、スイング50〜90%の区間で、グリップトルクによる機械的エネルギーの流入が、バットの回転運動エネルギーと角速度の増加に貢献したと説明しています。
つまり、スイング中盤では、
バットを回転させるためのトルクを加えること
が、ヘッドスピードを高める主要な仕組みの一つです。
しかし回転パワーはインパクト直前に低下した
グリップトルクはスイング80%以降に低下し、インパクト時にはマイナスへ転じました。
回転パワーも同様に低下し、インパクト時にはマイナスとなっています。
これは、インパクト直前にバットが減速していたという意味ではありません。
バットの角速度はインパクトまで増加しています。
しかし、打者がグリップへ加える回転トルクからバットへ流入するエネルギーは、インパクト直前に低下していたということです。
バットは、それまでに蓄えられた運動エネルギーや全身の運動連鎖によって、引き続き高速で動いています。
なぜインパクト直前にトルクを維持できないのか
研究では、その理由として筋肉の「力-速度関係」が挙げられています。
骨格筋は、短縮速度が速くなるほど、大きな力を発揮しにくくなります。
バットはインパクト直前に2000°/秒を超える非常に高い角速度で回転していました。
この高速回転に伴い、両手首周囲の筋肉も非常に速い速度で動かなければなりません。
そのため、手首周囲筋が発揮できる回転トルクが生理学的に低下した可能性があります。
バットが速くなりすぎることで、手首周囲筋はそれ以上大きな回転トルクを加えにくくなる
ということです。
インパクト時の負のトルクは減速制御を表す可能性
回転トルクはインパクト時にマイナスとなっていました。
研究では、これについて、手首周囲筋の遠心性収縮による抵抗が負のトルクとして現れた可能性があると説明しています。
つまり、インパクト直前からインパクトにかけては、
・さらに強くバットを回す
というよりも、
・高速回転するバットを制御する
働きも加わっていた可能性があります。
これは、手首を最後まで最大努力で返し続ければよいわけではないことを示唆します。
手首を返せばヘッドスピードが上がる、とは限らない
「インパクトで手首を返す」という指導は広く使われています。
しかし、今回の研究では、バットを回転させるトルクはインパクト直前に低下し、インパクト時にはマイナスへ転じました。
したがって、
インパクト直前まで手首でバットを強く回し続けることが、ヘッドスピードを高める主要因とは言えません。
もちろん、手首や前腕の働きが不要という意味ではありません。
スイング中盤では、グリップトルクがバットの回転パワーを高めています。
重要なのは、手首を使うか使わないかではなく、
いつ回転トルクを加え、いつ高速運動を制御するか
です。
バットが下がるのを防ぐトルクも確認された
研究では、スイング面とは別の軸周りに、スイング中盤以降、負のトルクが生じていました。
研究者らは、このトルクがバットヘッドの下がりを防ぎ、適切なバット角度を維持するために発揮された可能性を示しています。
つまり、グリップへ加えられるトルクには、
・バットを加速させる
・バット角度を維持する
・ヘッドが必要以上に落ちるのを防ぐ
という複数の役割があります。
すべてのトルクが、直接ヘッドスピードを高めるためだけに使われているわけではありません。
インパクト直前に並進パワーが急増した
回転パワーがスイング中盤で大きくなり、インパクト直前に低下したのに対し、並進パワーは異なる変化を示しました。
並進パワーは、スイング75%以降に急激に増加し、インパクトまでプラスの値を維持しました。
さらに、スイング90〜100%のインパクト直前では、並進パワーとインパクト時のバットヘッドスピードに有意な関係が確認されました。
つまり、スイング終盤では、
バットをさらに回転させるトルクより、グリップの移動によってバット全体へ並進エネルギーを加えること
が重要になっていました。
並進パワーは「強く引く力」だけでは決まらない
並進パワーは、
グリップへ加えた力×グリップの速度
によって決まります。
研究では、長軸方向のグリップ力自体は、主に遠心力へ対抗する力であると解釈されました。
そのため、並進パワーを高める中心は、単に長軸方向の力を強くすることではなく、
グリップをバット長軸方向へ高速で移動させること
にある可能性が示されました。
同じ力でも、グリップの移動速度が高いほど大きなパワーになります。
反対に、強い力を加えていても、グリップがその方向へ動いていなければ、バットへ加わる機械的パワーは小さくなります。
グリップの長軸方向速度が重要だった可能性
研究者らは、並進パワーが主に、
バット長軸方向のグリップ速度
へ依存していると考察しています。
これは、ゴルフで提唱されているパラメトリック加速に近い仕組みです。
回転するクラブやバットの軸を、遠心力と反対方向へ適切に動かすことで、回転体へエネルギーを加える可能性があります。
ただし、この研究では、
・どの身体部位の動きがグリップ速度を高めたか
・両手がそれぞれどのように動いたか
・具体的にどの方向へ何cm動かすべきか
までは明らかになっていません。
研究者らも、バット長軸方向のグリップ速度を高める実際の身体動作については、追加の運動学研究が必要だとしています。
「バットを引き込めばよい」と単純化してはいけない
長軸方向のグリップ速度が重要だった可能性から、
「インパクト直前に手元を身体へ引けばよい」
と解釈するのは危険です。
今回の研究では、
・グリップ力は遠心力へ対抗していた
・回転半径はインパクトまで増加した
・グリップ速度の具体的な身体メカニズムは未解明
です。
したがって、論文から直接言えるのは、
インパクト直前に、バット長軸方向のグリップ速度が高まることで、バットの並進パワーが増加した可能性がある
ということまでです。
「手を身体へ引きつける」「グリップを捕手方向へ引く」といった具体的な指示は、この研究単独では支持されません。
バットヘッドスピードを高める二段階の仕組み
この研究の結果を、スイングの時間順に整理すると次のようになります。
スイング前半
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