337. グラデーションのままで、生きていく(HWM#51)
グラデーションのままで、生きていく
「あなたを色で表すと、何色ですか?」
もし、少し前の私に、
そんな問いが投げかけられていたら、
きっと答えに困っていたと思う。
「どんな色が好き?」
そう聞かれている気がして。
正解を探していたかもしれない。
当時の私は、
白と黒をはっきり分ける世界にいた。
あるいは、
何色にでも染まれる
「透明」でいようとしていたのかもしれない。
昔の私は、
“ちゃんとしなきゃ”という
見えない鎧をまとって生きていた。
保育士として、
子どもたちの安全を守り、
周りの大人の顔色を見て、
場の空気を読みながら、
期待される役割に応え続けていた。
「こうあるべき」から
はみ出さないように生きる毎日の中で、
自分が何色なのかなんて、
考える余裕はなかった。
けれど最近、
ふと感じる。
今の私は、
「水の色」なのかもしれない、と。

ただ、それは
真夏の空みたいな明るい水色ではない。
静かな湖に、
月明かりがぽつんと映っているような、
少し深い青。
その奥には、
ラベンダーや淡いピンクの光も、
境界線なく溶け込んでいる。
まるで、
夜と朝の境目に現れる、
あの一瞬の空のような色だ。
「子どもアドボカシー」を学び始めてから、
私の中の色は少しずつ変わっていった。
「助ける」よりも、
「尊重する」。
その感覚に、
私は深く惹かれていった。
誰かを急いで変えなくていい。
きれいな答えを、
すぐに出さなくてもいい。
モヤモヤしたまま、
ただ隣にいる時間があってもいい。

まだ言葉になっていない想いのそばに、
静かに座っている。
今の私は、
そんな時間を愛おしいと思う。
水には、
映す力がある。

空の色も、
月の光も、
その時々の景色も、
水面はただ静かに映し出す。
私はきっと、
自分を強く主張する原色ではなく、
目の前にいる人の中にある
大切な想いを、
そっと受け取れる人でありたいのだと思う。
面白いことに、
私に触れてくれる人たちは、
それぞれ違う色を見つけてくれる。
「和子さんの笑顔は、太陽みたい」
そう言ってもらったことがある。

傾聴の場で、
相手がふっと安心して笑い始める時、
そこには、
あたたかな光の色が広がっているらしい。
一方で、
涙が自然にこぼれる時間もある。
「ここにいていい」
そう感じた時、
人は、
自分でも知らなかった感情に出会うことがある。
無理に照らさない静けさの中で、
心の奥に沈んでいた想いが、
ゆっくりと言葉になっていく。
ある人が、
私のことをこう表現してくれた。
ぱっと見は落ち着いた藍色なのに、
その奥に、
気づく人だけが気づくような、
あたたかい光がにじんでいる、と。
その言葉が、
今の私には、とても嬉しかった。
太陽みたいな黄金色。
月明かりの入った深い水色。
朝焼けが混ざる静かな藍色。
きっと、
どれか一色が正解なのではない。
私は、
誰かが安心して
自分の本音を浮かべられる、
静かな水辺のような存在でありたい。
その水辺は、
相手の心に合わせて、
笑顔の金色にも、
涙の月明かりにも、
しなやかに色を変えていく。
固定されない。
一色に決めつけない。
その揺れるグラデーションそのものが、
今の私らしさなのだと思う。
「ちゃんとしなきゃ」を
少しずつ手放しながら、
今日も私は、
揺れる色のままで、
大切なあなたの話を、
そっと聴いている。
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ありがとうございます✨

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