324.“子どもはまだ?”が辛かった私が、今、過去最高に幸せな母の日を生きている
母の日。
「大阪の母と娘のところに行きたいなぁ〜」
ふと、そんなことを思っていたら、
夫の息子の野球の試合が、
ちょうど大阪であると聞いた。
しかも、スタメンで出るらしい。
夫の願いを叶えたら、
私の願いも一緒に叶う。
そんなミラクルみたいな流れが始まった。
朝5時半に起きて、
「こんな早起き、仕事してた時以来やな〜」
なんて笑いながら朝食を食べ、
夫と大阪へ向かった。
前日、近所のオシャレなお花屋さんで見た
素敵な素焼き鉢は、ひとつ1万円だった。
「欲しいけど、高いなぁ」
そう思っていたけれど、
朝から立ち寄った大阪・貝塚の国華園では、
同じような素焼き鉢が2〜3千円。
結局、素焼き鉢は持ち上げると重すぎて。
家にある鉢と同じシリーズで揃えると、
2つで2千円だった。
えっ!?
昨日、2万円使うつもりだったのに、
一桁減ってるやん。
思わず、夫と顔を見合わせて笑った。
しかも、浮いたお金で、
高速代もガソリン代も、
ブルーベリーの鉢も土も、
子どもとの食事も
母の日のお花まで全部収まった。
「ハッピーマネー、ありがとう〜!」
そんな言葉が、自然に口からこぼれた。
娘と母には、可愛いお花を買った。
さらにタイミングよく、
昨年クラウドファンディングで応援した
にじいろキッチンさんから、
たくさんのお豆さんが届いた。

お料理上手な娘に渡すと、
すぐに料理してくれた。

「子どもの頃は豆が苦手やったけど、
今食べたら美味しかった〜!」
そう言って食べてくれる姿が嬉しくて、
採れたての新鮮なうちに届けられて
本当に良かったと思った。
にじいろキッチンさんも、
私も、
お豆さんたちも、
娘家族も。
みんなが嬉しい。
“四方よし”って、
こういうことなんだなぁと思った。
母は相変わらず外出中で、
実家には会えないまま帰るつもりだった。
でも、玄関先で父に会えた。
90歳の父は、
入院した叔母のことを静かに気遣っていた。
その姿を見て、胸がじーんとした。
本当は、生きてるうちにまた会えたら嬉しい。
でも、今も叔母と過ごした時間は、
私の中でちゃんと宝物だから。
会えても嬉しい。
会えなくても、愛は消えない。
そう思えた。
母へ。
産んでくれてありがとう。
お母さんの娘で良かった。
娘へ。
私の子どもに生まれてくれてありがとう。
「お母さん」を体験させてくれて、
本当にありがとう。
そんな気持ちで、
お花を手渡せたのも幸せだった。
結婚してから、娘を授かるまで4年かかった。
だから、
「子どもはまだ?」
という何気ない言葉が、
苦しくなる時があった。
なかなか授かれない時、
気遣ってくれているんだと、分かっていても
その言葉は、
思っていた以上に心に刺さった。
不妊治療後に授かった子どもが
お腹の中で他界した時の
母の日が辛かったこともある。
でも、母になった今ならわかる。
もっとこうしてほしかった。
もっとわかってほしかった。
そんな私の寂しさも、
母は母なりに、
精一杯愛してくれていたんだって。
そして今、孫を見つめる自分がいる。
「孫は目に入れても痛くない」
あの言葉の意味を、本気で理解してしまった。
気づけば私は、
結婚したい人には結婚相談所をすすめ、
子育て中のお母さんには、
「お腹の中で育てるのは
お母さんしかできないけど、
生まれてから育てるのは
社会みんなでできるから、頼ってね」
そんなふうに声をかけるようになっていた。
すっかり、“おせっかいおばちゃん”である。
でも、そんな自分も嫌いじゃない。
母になれなかった頃、母の日は苦しかった。
だけど今は違う。
苦しさを忘れるのではなく、
その苦しさを抱えたまま、
母から生まれてきたことを、母に感謝して。
娘が生まれてきてくれたことを、娘に感謝して。
そして今、
みんなで大きな家族になっていく喜びを
味わえている。
のぞまれてきたいのち。
のぞまれなかったいのち。
何度も危機を乗り越えてきたいのち。
世界中でいろんな出来事が起こっても
命は、こうして巡っていくんだなぁと思う。
今、私は、命の循環を感じながら、
過去最高に幸せな母の日を生きている。
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