日々、満点。〜完璧じゃない今日に、ありがとうの花丸をつける(HWM61)
ハッピーライティングマラソン
第61週目のお題
『いまの毎日に、点数をつけるなら何点ですか?』
この問いを見た瞬間、私の心に浮かんだ答えは、
「満点」
でした。
以前の私なら、きっと違う点数をつけていたと思います。
まだ足りないところがある。
まだできていないことがある。
そんなふうに、完璧にはなれない自分自身に、減点方式で向き合っていた時期がありました。
できたことより、できなかったことに目が向く。
頑張っている自分にも、なかなか丸をつけられない。
そんな毎日を過ごしていました。
でも今は、少し違います。
朝、目を覚ますことができたこと。
大切な人と笑い合えること。
誰かと心が通じ合う瞬間があること。
自分の想いを言葉にして届けられること。
何気ない日常の中に、小さな奇跡がたくさんあることに気づきました。
人生は、できたことを競うテストではないのかもしれません。
与えられた時間を、
喜怒哀楽を、
思いきり味わいながら生きる。
そんな豊かな旅なのだと思います。
私がそう感じるようになった背景には、ある体験があります。
19歳の時、私は大きな事故に遭いました。
救急隊の方に助けられ、一命を取り留めました。
後から聞いた話では、
明日、目が覚めるのか。
ひと月後になるのか。
半年後になるのか。
それとも、一生目が覚めないのか。
誰にも分からない状態だったそうです。
目が覚めたのは、事故の翌日でした。
不思議なことに、事故の直前から目が覚めるまで、痛みはまったくありませんでした。
そして、意識が戻った瞬間。
最初に目に入ったのは、天井から吊り下げられた自分の右足でした。
複雑骨折と脱臼で、足の甲に小指大のボルトが入っていました。
その次の瞬間、激しい痛みが襲ってきました。
「イタタター」
思わず声が出るほどの痛み。
痛み止めを飲んでも効かないくらいの激痛でした。
その時、私は初めて、
「生きるって、痛いんだ」
そう感じた記憶があります。
事故の直前から目が覚めるまで、とても気持ちの良い世界にいた私は、
なぜ翌日、目が覚めたのだろう。
なぜ、生き返ってしまったのだろう。
そんなことを考えるようになりました。
グリコのおまけのような、
「おまけの人生」
だと思っていた時間の方が、いつの間にか長くなりました。
それでも今でも、時々自分に問いかけます。
「私は、なぜ生き残ったのだろう」
と。
その答えは、もしかしたら一生分からないのかもしれません。
だからこそ、
分からないまま、この人生を味わい尽くしてみたい。
そう思うのです。
人生には、甘い味だけではありません。
コーヒーの苦味も。
糠漬けの発酵した深い味わいも。
酢漬けの甘酸っぱさもあります。
以前の私は、苦い経験や思い通りにならない出来事を、できるだけ避けたいと思っていました。
でも今は違います。
その一つひとつの味も、人生を豊かにしてくれる大切な経験なのだと感じています。
苦味を知るからこそ、甘さに気づく。
酸っぱさがあるからこそ、味わいは深くなる。
いろいろな味を楽しめるようになったことで、
人生という一皿は、
以前よりもずっと味わい深くなりました。
だから今の私は、
完璧だから満点なのではありません。
不完全な自分も。
迷う自分も。
立ち止まる自分も。
そして、時には自分に減点をつけそうになる自分も。
全部ひっくるめて、
「今日まで、よく生きてきたね」
そんな想いを込めて、
自分に花丸をつけたいのです。
私にとって満点とは、
完璧にできた日の点数ではありません。
今日という命を、
喜怒哀楽ごと味わいながら生きている自分への、
「ありがとう」の花丸です。
今日という一日は、二度と戻ってきません。
だからこそ、
この瞬間を味わえること自体が、
もう十分に幸せなこと。
毎日、どんな状況であっても、
「日々、満点。」
そんな想いを胸に、
これからも一日一日を味わいながら生きていきます。
いまの毎日に点数をつけるなら?
私は、迷わず答えます。
「満点です。」
そして、あなたの今日にも、
あなたにしかつけられない、
かけがえのない花丸がありますように。
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