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319.【退職400日目】自由になって気づいた、本当の幸せ



退職してから、400日が経った。


ただの数字としては長いようにも思えるが、
振り返ると、
不思議なくらいあっという間だった気がする。



自由は退屈。
自由は選択の連続。
自由は不自由。

そんなふうに言う人もいる。

けれど今の私は、そうは思わない。



ワクワクすること、
心が喜ぶことを一つずつやっていくと、
自由な時間はむしろ足りないくらいに感じる。


気づけば毎日が、“退屈”ではなく
“満ちている時間”になっていた。



今を生きる喜びに溢れた日々。

囚われるものは、もう何もない。


会いたい人に会い、
食べたいものを食べ、
行きたい場所へ、思い立った時に向かう。



朝は好きな時間に目を覚まし、
その日をどう使うかを自分で決める。


週末の天気を気にして予定を組んでいた日々も、
人混みに疲れながら過ごしていた休日も、
いつの間にか遠い記憶になっていった。



昔は、週明けの月曜日が少し憂うつだった。

疲れが抜けきらないまま迎える朝。
休みたくても言い出せない空気。


月曜日の朝5時に起き、
朝日を見ながら夫の転勤先まで1時間半、
車で走る。

その時間には、その時だけの景色があった。
それでも心と体は、ずっと張りつめていた。



今は違う。


目覚めた時間が、そのまま1日の始まりになる。


「時間に合わせて生きる」のではなく、
「自分の感覚で今を生きる」。


そんな当たり前が、
こんなにも心を軽くするとは思っていなかった。



再婚をきっかけに
離れて暮らすようになった娘家族。


どんなに急いでも、車で2〜3時間かかる距離。


実家は近いはずなのに、
両親はすでに免許を返納している。


年に何度も転んでは骨折続きの母の姿。


“すぐに駆けつけられない”という現実は、
ずっと胸のどこかに重く残っていた。



退職したタイミングで、
夫の子どもたちもそれぞれ他県へと離れていった。


一人で過ごす時間が増える中で、
もし何かあれば
すぐに駆けつけられるようになった。


助けてほしい時に、すぐに行けること。
誰かの「今どうしよう」に応えられること。


それが、思っていた以上に嬉しかった。



普段は、土日の混雑を避けて、
平日のゆったりした時間に
ランチや映画、ドライブデートへ行く。


人混みが苦手な私たちにとっては、
それだけでも十分な変化だった。


気疲れのない時間が増えるほどに、
心も体もどんどん軽くなっていった。



そして、日々の中で感じる小さな幸せ。


心が喜ぶ1日を過ごし、
「あぁ、今日も幸せだな」
とつぶやきながら1日を終える。


お風呂で体を温め、そのまま眠りに落ちていく。



明日が来るのが楽しみになる、
子どもの頃のような無邪気な日々。


それをもう一度生きられることが、
こんなにも静かで、
深い喜びだとは思っていなかった。



もし今、仕事や学校、
何かに苦しさを感じている人がいたら、
思い出してほしい。


「自分が自分を、一番に守っていい」
ということを。



できていないことに罪悪感を抱いて、
自分を小さくしなくていい。


それが今、やりたいことなら、
胸を張ってやっていい。


3日坊主でもいい。途中でやめてもいい。


やってみたいことに、ただ一度でも触れてみる。
心が動く方向へ、一歩進んでみる。



うまくできなくても大丈夫。
その“できなさ加減”を面白がるくらいでいい。


生まれたときは、
誰も何もできなかったのだから。
今も、ただ、伸びしろがあるだけ。


成功か、成長か。
そのどちらかしかない。



ゲームを極めるのもいい。
音楽を聴きまくるのもいい。

ファッションやメイクにときめくのもいい。
映画をじっくり観るのもいい。

動きたくなるまで
何もしない時間を過ごすのもいい。



「これをしなければならない」というものは、
本当は何ひとつない。


あるのはただ、それを
今の自分がやりたいか、やりたくないか。
それだけ。



心が喜ぶ毎日を、
みんなで笑って生きていけたら、
それが何より嬉しい。


幸せになることに、
期限も定年もない。


だから私はこれからも、一生かけて、
みんなで笑って幸せになっていける
世の中をつくっていきたい。



自由とは、
「自分が喜ぶ人生を、自分で選び続けられること」だった。



そして夜、お風呂の中でふとつぶやく。

「あぁ、今日も最高に幸せだな」


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