過日の釣果③(逃した魚は大きい?編)
かのような場所であるから、当たり前だが、書籍を釣る人々は他にも大勢いる。早い時間から出向いていたので、1周ぐるっと回った時には、割と混雑していないと思っていた。
そんな中、稲垣足穂「ヰタ・マキニカリス」1974年のハードカバーを見つけた。お手ごろ価格だったので、即買えばいいものを、後まわしにした。すると、人が増えてきたなと思ったら、既に釣られていた。
まあ有名作家の作品だから、また出会うこともあるだろう。
しかし、かのような日には、見たことも聞いたこともないような奇書に出会える。
4時間はそこで過ごしていたわけなのだが、途中で、ある背表紙に目を奪われた。
「ポルの王子さま」
一目見て、帯まで「星の王子さま」そっくりに作られているように見えた。
手にとって表紙を確認する。そこには「星の王子さま」と同じタッチのイラストが描かれた表紙だった。しかもそこには、星ではなく、「おっぱい」の上に立つ、王子さまが描かれていた。
「ポルの....ポルノかい!」
パロディーであることは間違いないのだが、表紙を見るだけでも、感心するほど細かいディティールに拘っている本だった。
どう見ても新しい本には見えない。子供の頃に母の本棚から持ち出したまま、僕が今も持っている「星の王子さま」とヤれ具合が同じに見える。
名前も知らない海外の作家だった。これは買い!と思い価格を見た。古書としては良い値段だった。今日、入手したどの本よりも高額だった。
「持っている古本で一番、高額なのって...」いろいろ思い出してみたが5桁の古書は買ったことがない。
金に糸目をつけずに何でも買うような人間ではない。
戻して、一旦、その場を離れた。
かの日は、通りを行ったり来たりを4往復くらいはしたのではないかと思う。その間、この本は手に取って、眺めては戻しを6回はした。
このパロディー本を部屋の本棚の「星の王子さま」と並べたいとも思っていた。しかも表紙には「おっぱい」が描かれている。
とにかく気になる、中に挿絵はあるのだろうか、内容もパロディー満載なら最高の一冊だろう。
中を検本させてもらおうか迷ったが、それは無粋な気がしてしまった。
迷いに迷った。
普段は決断が早すぎると言われる人間なのに、動けなくなってしまった。
こういう時は、実は買ってはいけないと思っているのだ。でも買わない理由を探して納得しないと帰れないのだ。我ながら、実に面倒臭い。
そんな時に頭の中に出てくるのが「天秤」だ。比較対象を用意して、「天秤」にかけることにした。
「天秤」に乗せたもの。それは「おっぱい」だった。
少し前に仲間とセクキャバに行くことがあった。セクキャバは数年ぶりだった。あれは性的欲求を満たす場所ではない。飲みの席に何故か触れる「おっぱい」があるというだけだ。
僕に付いてくれた子は美乳のとても可愛い子だった。小顔のかなりの美人だ。少し話しただけだが、気が合った。連れがいない状態で会いたいと思って連絡先を交換していた。
また会いに行く約束をしたその子のおっぱいを「天秤」に乗せた。
おっぱいの表紙の「ポルの王子さま」は見事に、その子のおっぱいの重さに敗北して棚に戻された。
以前、デリヘルにかかる費用分、レコードを買って行かないという切り返しを見せたというのに、今回はその逆になりそうだ。
でもセクキャバにもう一度、行くかどうかは、まだ決まったことではない。
お金、時間、物の価値というものは人それぞれ。しかも状況、心境によって変わるものなのだろう。
「ポルの王子さま」は釣らずに帰ることになってしまった。でも存在を知ることができたことで、僕のウォントリストには入ったのだ。
この先の人生で、もう一度、巡り合うことはあるのだろうか。
そして僕はまつりを後にした。
追記
まつりを訪れてから数日が過ぎた。
帰ったところで、セクキャバのその子に会いに行けるわけではなかった。
彼女は出稼ぎ嬢だった。いつもいるわけではない。
「浮ちゃん!また来た時連絡するね!」のLINEメッセージを眺めてやり場のない感情に襲われていた。
今頃になって、逃した魚はとてつもなく大きかった気がするのだ。
おっぱいの表紙の本の方を選ぶべきだったのではないかと、自分の「天秤」の壊れ具合を嘆き、後悔に打ちひしがれる浮世之介であった...
おしまい
ネットでなんでも買える時代になった。その恩恵を日々、享受している。絶対に手にすることができないと思っていたものを得られる時もある。
でも足を使って得たものには物語が宿る。
得られなかったものでも物語が宿るのだ。
