レオのこと
静かな夜。団地の坂道。
なかなか帰宅しない愛猫の名を呼んでは彷徨い歩き、不安で憔悴し切った頃奴はやってくる。
坂道の上から聞きなれた鈴の音とともに
「ニャッアッアッアッアッアー」
自分の走り降りる振動に声を途切らせながら確信犯のドラ猫。
私はドラマのように両手を大きく開いてしゃがみ、胸に飛び込んでくるモッフリとした巨大な塊を待つ。
後はお決まりの甘々な展開が…。
レオというバカデカいキジ白猫が我が家に来たのは2006年の事。
当時ペットショップで「貰ってください。(その代わり餌とゲージはうちで買ってね、テヘペロ)」というような張り紙をされていた生後2ヶ月ほどの兄弟猫のうちの一匹だ。
「あの、あまり激しいタイプは苦手なんですが…。」と言うと店員さんは困ったような申し訳なさそうな顔をされた。
その意味は我が家に迎えてすぐに理解できた。元気でヤンチャ、ありがたい事だ。
ぶどう一房が入るだけの小さな箱にちんまり収まる爆弾のような獣だった。
当時息子たちが小学3年生と5年生。
扉を開けるとその足元目掛けて襲いかかって来た。
それでもそのうち小学生と子猫は意気投合し、仲良く一緒にいるようになった。
多分だが、レオは自分を猫とは思っていなかったように思う。
大勢の小学生たちが猫見たさもあって家に集まってくる。
どんなに煩くてもその輪の中に居るのが好きな猫だった。
レオは成長し、9キロ台後半の体重を持つ日本猫にしてはバカデカい猫になった。顔もデカいし力も強い。
完全室内猫にしたかった私の思惑をものともせず、網戸をバリバリと破り、脱走を繰り返した。
家の前は団地とはいえ大通りに面しており車の通りも多い。直前に大きなカーブがあり車からは突然の猫の往来に気付きにくいはずだった。

そう、それは暑さに疲れ切った気怠さに頭もぼうっとする夏の昼下がり。
私は見てしまったのだ。
大きなオス猫が道路を渡る。
悠々と。
道ゆく車たちをそこに留まらせ、大股でゆっくりと、堂々と、渡り切る。
誠に身勝手で恐縮だか、その時の私の脳裏にはご近所様や通りすがりの運転手さんに申し訳ないという思いよりも、ただ、レオの威風堂々とした歩きっぷりに感嘆し、ほうっと息を吐いていた。
こいつは虎だ、猫じゃない。

それから私の思い込みの脳内変換により、レオは虎になることとなった。
体の大きなレオ虎はしかしとても甘えん坊で、いつでも家族に抱っこをねだった。
身体を伸ばし、前足を伸ばし、立っている私の胸元まで届くその巨体で鳴いてせがんだ。
家に帰るとまず私のする事は、レオを抱いて赤ちゃんのように揺すりながら家の中をウロウロする事だった。
私の耳元にデカい顔を擦り付けて、大きな逞しい腕で私を抱きしめては喉を大音響でゴロゴロと鳴らし、涎をダラダラと流した。
抱くといつも首元がベタつくので息子たちは嫌がることもあったが、それでもレオはいつも誰かにベッタリと甘えていた。

レオが虹の橋を渡ったのは10歳を迎えるほんの少し前の事だった。
猫好きの友人から「ああレオちゃん、もう2、3日だね」と悲しげに告げられてから2日目の夜だった。
私の左脇腹辺りで見事なアンモニャイト姿で静かに虹を渡った。
きっとあの時のように堂々と、ゆったりと渡り切ったのだと信じている。
レオを思い出すのは、いつも決まって静かな夜の坂道の光景だ。


傍若無人な道路横断の他に、もしかしたら、近隣の皆様にご迷惑をお掛けした事があったかも知れません。もしそうなら申し訳ございません。
にゃ…
