2月の読書
以下は私の読書記録からコピー
2026・2「非仏の扉」
永井沙耶子

奈良法隆寺夢殿に関わる物語だ。
明治維新後は日本に
古来からあつた美術の
激動期で、今まで、
市井の信仰の中にあったものが
突然、廃棄や海外への
流失に晒された。
日本の古美術の貴重さに
気づいた人や、それを取り巻く
諸事情について多くの資料に
基づいて、著された物語だ。
明治維新によって尊皇が謳われ、
天皇の存在を王政復興の
大号令と共に祀りあげ、
天皇を「現人神」とする
「神道」の国教化を目指した。
それまで緩やかにつながっていた
神社と寺をハッキリと分け、
寺社への信仰を排除しようとした、
「神仏判然令」なるものが
発令された。
いわゆる「廃仏毀釈」
の流れは民衆の間にも
嵐を巻き起こし、
本尊である仏像を壊したり、
本堂を焼かれたり、
壊されるという事件が相次いだ。
法隆寺も例外では無く、
政府から境内の一部を
畑として村人に与えるように
指示され、危うくその難を、
信徒の敬虔な信心によって回避した。
逆に信徒が離れていく例も多く、
法隆寺は信徒たちからの
お布施もなくなり、
支援してくれていた商家なども
手をひいてしまい、
毎日の食事にも事欠いた。
中には寺の宝物を持ち出して
金銭に変えるものも出たほど
困窮したが、
それも貧しさゆえと
諦めるしか手はなかった。
明治5年(1872年)
「壬申検査」というものが
行われた。
壊されたり海外に流出する
全国の神社仏閣の宝物の
検査をするという政府の方針に
基づいて、その道の識者が
全国を回って宝物調査を
するというものだ。
法隆寺では「何を今更・・」
であったが、
検査官に歯向かうことはならず、
夢殿の厨子に収まる
「救世観音菩薩像」も
例外ではなかった。
その検査官にはフェノロサも
同道していた。
聖徳太子をモデルに
1000年以上も前に作られ、
秘仏として今まで一度も開けられた
ことがないという仏像。
しかし、国のすることに
抗うことはできない。
こうして、今では
この貴重な仏像はアメリカ人の
フェノロサによって発見されたと
伝えられている。
フェノロサといえば、
一緒に活躍した岡倉天心、
ビゲロー、貝塚を発見したモース、
などの名前はこの頃活躍した人
として馴染みがあり、
諸本にも度々登場する。
美術に対する意見の相違から、
岡倉天心自らが立ち上げ、
校長を務めた東京美術学校と
袂を分ち、黒田清輝、
横山大観らと「日本美術院」を
結成したことなども知ってはいたが、
どういう経緯なのかは定かでは
なかったものが、腑に落ちた。
これらの人々の私生活も
描き出して、その経緯が
明らかにされていく。
フェノロサの生い立ちや、
日本に来た経緯、岡倉天心の
私生活を描くことによって、
美に対する感性の持ち方、
また行政方として関わった
人たちの生き様など当時の
社会常識を含めて
興味深い記述が溢れている。
フェノロサが発見したとされる
夢殿の「救世観音像」は、
実際にはその前に役人の
手によって見られていたが、
外人が発見したということの
方が話題を呼ぶと、
そのままにしたことなども
書かれている。
フェノロサといえば
一昨年に訪れた
奈良の「聖林寺」を思い出す。
藤原鎌足の長男定慧が
談山神社の別院として
建立したものだ。
こちらに置いてある
「十一面観音様」は、
やはり廃仏毀釈を逃れて、
同じ奈良三輪山の「大五輪寺」
からこちらに運ばれたもので、
国宝制度ができた最初に
指定された仏様の一つだという。
明治20年にここを訪れた
フェノロサが、その美しさに
驚嘆して、
「この仏様は秘仏にはせず、
公開すべきだ」と進言し、
観音様を入れる厨子まで
寄付したのだという。
いつまでも眺めていたいと
思わせる美しい観音様だった。
フェノロサが法隆寺を訪ねたのは
明治17年というから、
それから3年後となる。
話を戻すと
最後は資金不足ゆえに
廃れ切っていた法隆寺が、
生き残っていく方便として
法隆寺の宝物の一部を行政に
任せることによって、
民衆の目に触れ、
法隆寺が再び人々の興味、
鑑賞の対象として復活する様が
描かれる。
それから長い月日を
経ているわけだが、
寺院側として宝物を手放すことに
抵抗があり、本来寺院に
あるべきものを手放すのは
大変な決意を要したことだったろう。
しかし、国費で宝物を守り、
人々にも公開できたことは
結果としては良かったのだろう。
夢殿の「救世観音菩薩像」
は現在も夢殿の厨子の中にあり、
年に2回公開されている。
いつかその時期に訪れて
拝顔して見たいと思っている。
2026.2
「天使も踏むを畏れるところ」上・下
松家仁之(まついえまさし)

この読書記録を
書くようになったのは、
2013年、まさにこの作者
松家仁之の小説「火山のふもとで」
が最初だった。
その爽やかに筆致と、
軽井沢の美しい風景に
惹きつけられた。
実在の人物の登場により、
当時の文化人の交流を知り、
身の回りの自然に向ける
精緻な記述も美しく心惹かれたのだ。
図書館に「天使の・・・」を
申し込んだのは大分以前の事で、
記憶は定かではないが、
確か新聞の記事を読んで、
久しぶりに見る松家仁之の活字に、
この作家の本を
また読みたいと申し込んだものだ。
「火山のふもとで」でも
建築を題材にしたもので、
実際の建築家が登場するのだが、
今回も戦後皇居の中に作る
新宮殿建設にまつわる話だ。
読み終わってから気が
ついたことだが、この本は
「火山のふもとで」の続編として、
初出は「新潮」に2020年と
なっている。
その後2021年の3月まで
掲載されたようだ。
図書館から「用意できました」
の連絡を受けて手にした本は、
上下巻で1000数ページに
及ぶ大作で、しかも本を
めくってみれば、中は文庫本かと
思うほどの細かい字で
びっしりと埋まっている。
果たして返却期間までに
全部読み終えるだろうかと
不安だった。(しかも間で前述の
「秘仏の扉」も返さなければならない)
どうにかギリギリで読み終わり、
明日返却すべく、
今この記録のためパソコンに
向かっている。
話の本題は、戦後15年を経て、
皇居新宮殿の造営という事業に
関わる人々の話と、
一人の建築家の挑戦を描いた話だ。
忘れてしまっていたのだが、
記録を見返してみると
主人公の名前は「火山の・・」と
同じ村井(吉村順三)
船山(丹下健三)の名前で
登場している。
もう一人の主人公である
侍従・西尾はどうやら
入江相政ではないだろうか?
実際に侍従に西尾という
名前の方もいたみたいなので、
私の想像に過ぎないが、
膨大な参考文献の中に
入江さんの本が何冊も出てくる。
そこから入江さんではないかと
推測したのだが、
あくまでも小説だし、
もちろんフィクション部分も
あるだろうと思われるので、
定かではない。
戦後、象徴という存在に
なった天皇は、焼失した宮殿の
復活は、あくまでも国民の生活が
落ち着いてからと、
新宮殿の建設には中々、
goサインを出さなかったという。
新宮殿の建設が許可され、
誰にその設計を依頼するか
検討され、依頼を受けたのは
村井だった。
村井は、時代を考えて
「畏れつつ見上げる宮殿ではなく、
気安く笑顔で集まれる宮殿」
にしようと、設計に苦心を重ねる。
しかし、それは簡単なことではなく、
宮内庁の思惑も絡んで
トラブルが多く村井は悩む。
新宮殿が出来上がるまでを
描いた小説ではあるが、
話は多岐に飛ぶ。
生物学を嗜まれる天皇陛下の動向、
皇太子と美智子妃殿下の
ご成婚に至るまでの過程や
その後の悩みなど
西尾による話もあれば、
村井と気鋭の画家などとの交流、
村井の軽井沢の別荘での
様子などなど登場人物も非常に多い。
「これは誰?どこで出てきた?」
など、日本の小説にも関わらず、
ロシア文学などを読んだ時陥る
人物の迷路に似た状態になる。
日本語なのに、
これ誰だっけ?状態に陥るのは
私の歳のせいだろうか?
若ければ覚えられる事だろうか?
と一抹の不安を感じつつ、
メモ用紙に登場する人物の
名前を書き付けつつ読み進む。
何しろ、建築の専門的な話も
多岐詳細に記述されるので、
トントそちら方面にも弱い私は、
そんな場面では気がつけば、
とろ〜んと頭に何も入ってきていない。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」を
読んだ時のことを思い出した。
日露戦争の細かい記述の多さに
辟易とし、読み飛ばしたい
思いを抱えながらも、
読まずにはいられない
あの状態を思い出した。
植物の話が出てきたり皇室の話、
皇太子と美智子さん家族の話に
なったりすると興味津々、
ミーハーだわ〜
具象画と抽象画、建築と色の関係、
時代の変化と色の関係など多岐にわたり、
詳細に著される。
巻末に記されている「参考文献」
をみればその努力の程が窺える。
理想を求めて設計を重ねる村井に
対して協力するものもいれば
反目するものもいて、
それぞれの思惑も、
その人の背負ってきた人生から
描いてその心情を著す。
1960年代といえば
私の学生時代にあたる。
高度経済成長と政治闘争の
盛んな時代であった。
この時期に皇居の新宮殿が
出来上がったという事だが、
私の記憶の中に「新宮殿落成」
というニュースは記憶にない。
それだけ、世の中のことに無頓着で、
自分の生活を謳歌することに
気持ちが向いていたと
いうことだろう。
学生運動の盛んな時代だったが、
私には遠い話で、
なんとも能天気だったと、
いまさらのように思う。
こうして激動の時代に、
さらなる進化を追求してきた
先に今があるわけだが、
その進化を生かすも
殺すも今の人に
委ねられていると思うと、
今なお戦争の絶えない世界に
複雑な思いになる。
そして、
組織の力を背景に自分の力を
誇示したい人や、人間性に
満ちた考え方で回したい人が、
相対して悲喜交交が生まれるのは、
いつの時代にも小説として
成り立つ背景を作っているのだと
改めて思う。
それらの感情の機微に
アンテナを張って気づく人で
ありたいものだ。
2026・2 「平場の月」
朝倉かすみ

この小説が映画化され、
新聞に映画の広告が
載るようになり、
そこにあった解説から、
本の内容を知った。
映画を見るほどの
関心はなかったが、
少し原作を読んでみたい
気持ちが動いた。
「平場」というのが
どのような意味かもわからずに
読み進んだが、「なるほどね!」
と納得した。
ごく当たり前の日常の中にある
さまざまな人の心の
動きを描き、
特に主人公二人は、
側から見れば何処にでもいる
目立たない存在だ。
その二人の中で、
交わる感情を繊細に描いている。
もう若くない二人はお互いに
相手に寄り添いたいと
思うのだが、相手に迷惑を
かけたくないという大人の感情が、
二人が蜜月の状態になるのを
妨げている。
病を得てその病と戦っている状態で、
相手に甘えて自分の苦しみを
受け止めてほしいという感情と、
いや、他人に迷惑を
かけたくないという感情・・・
私ならどうするだろうと考える。
やはり、私は相手に迷惑をかけず
気づかれないように
逝く道を選ぶだろう。
実際には夫がいる身で、
偉そうなことは言えないが、
気持ちとしては後者を選ぶとしか
ありえない気がする。
委ねてほしいと願う相手の気持ちを
無視することになるが、
それでも自分の美学は
そこにあるという気持ちが
痛いほど理解できる。
