国家の犬 第三話

森が死んで一週間が経った。
死んだ翌日は皆泣いていたのに、今では初めから森なんていなかったみたいにいつも通りだ。
森の机に置かれた花だった物が、時間の経過を物語っている。

……なんでそんな普通に生活できんだよ。
皆俺なんかよりずっと森と仲良かっただろ?

俺がいなくなっても世界は変わらないだろうけど、森がいなくなったらちゃんと世界は変わらなくちゃいけないんだよ。

でも先生が言っていたように受験は待ってくれない。
俺も勉強してる間は他人のことをとやかく言えないくらいに森の事を忘れていた。
でも仕方ないだろう?
行った大学で人生の全てが決まるんだ。
良い大学に行って良い人生を歩まないと。


……あれ。良い人生ってなんだっけ?
あいつにはもう人生なんてないのに、俺だけ幸せになっても良いんだっけ?

……いや。良いだろ。俺とあいつはただのクラスメイト。それ以上の名前がつけられる関係じゃないんだ。
友達でもないし、恋人なんてもってのほか。

そんな関係性の奴がこんなに悲しんでる方がおかしいんだ。



授業中
あいつの最後の笑顔を思い出し、吐きそうになった。
やばい。授業中に吐いたら卒業までクラスメイトのおもちゃにされる。
俺を馬鹿にしていいのは森だけなのに。

「先生……すみません。トイレに行ってきます」
「はぁ。休み時間にちゃんと済ませとけよ。そんなんじゃ社会に出た時通用しないぞ」
「……社会になんて一度も出たことないくせに……」
誰にも聞こえない音量で呟き、教室を出た。

うぅ。吐きそう。早くトイレにつかないとやばい。
トイレの真横まで来ると中から、不良達の声が聞こえてきた。
こっそり覗き込むと三人の不良がいた。

最悪だ。授業中になにやってんだ。
さっさと教室に戻れよ。
見つからないように少し離れたところで待機していようとすると不良達の口から「森」という名前が出てきた。
無意識のうちに立ち止まって聞き耳をたてる。

「森が死んだのってさ、俺らがレ○プしたせいなんじゃ……」
「バカ!お前!ここ学校だぞ!誰かに聞かれたらどうするんだよ!」
「そ、そうだけどよ……」
……レ○プ嘘だろ?
そんなのエロ漫画とかAVだけの話で現実にあるはず……
「森が自殺する前日に産婦人科から泣きながら走って出ていくとこたまたま見たんだけど。俺らの中の誰かの子ども妊娠したから自殺なんて……」
「……だったらなんだよ。もう死んでんだから関係ないだろ」
「そ、そうだけどよ」
「逆に死んでくれてよかったじゃねぇか。中絶費用請求されたら、下手したら四ヶ月分のバイト代ふっとぶぞ?中○ししただけなのに高すぎんだろ笑笑
それに産むなんて言われてみろ。10代で人生終わるぞ?」
「た、たしかに……」
「俺ら全員彼女もいるしバレたら困るだろ」
「ああ。そうだな。それにしても誰の子どもだったんだろうな」
「おい!やめろよ!死体の父親なんて気持ち悪い!笑笑」
「違いねぇ笑笑」

俺は教室まで走り、筆箱を取って急いでトイレに戻った。
「おい!清水!さっさと席につけ!」
先生が何か言っていたが何を言っているのか分からないし興味もなかった。


なぁ、天国で待ってろよ。森。
俺がこいつら全員地獄に送って、俺も地獄に堕ちるから。
俺は不良のリーダーの男の首にカッターを刺した。
「痛ッ!!」
このまま頸動脈を!!
「頭おかしいのか!!」
横にいた二人の不良に思いっきり鳩尾を殴られる。
「ぐはっ!!」
トイレの床になぎ倒され、タコ殴りにされた。

あーあ。結局こうなるんだ。
もう少し考えて動けばよかった。
3対1で勝てる訳ないだろ。
弱いんだからせめて頭使えよな。

あーあ。クソ痛いな。
このまま殺されんのかな。
まぁ、それはそれでいっか。
幸せな未来なんて訪れる気がしないし。
人生なんて年々つまらなくなりそうだもんなぁ。
花の高校生でこんだけつまらないんだ。
四十代の自分なんて想像すらしたくない。
同窓会で会いたいと思える相手すらもういないし。なんかもう全部疲れたなぁ。


殴られすぎて気を失ったようだった。
気が付いたら病院のベッドの上にいた。
「あ、清水さん。意識戻りましたか?待っててくださいね。先生を呼んできますので」
隣にいた看護師さんが言った。

あーあ。やっぱり殴られたくらいじゃ死ねないか。
人間簡単に死ぬような。なかなか死ねないような。
せめてどっちかにしてくれよな。

病室から出て行った看護師が医者を連れて戻ってきた。
骨を三本折られたらしいが、特に後遺症も残らず治るそうだ。

「車椅子を使えば動けそうですか?」
「あ、はい。なんとか」
「警察の方が話を聞きたいそうです」
「……そうですよね」
「別室でご両親と一緒に待機していただいてるので移動お願いします」
「……わかりました」

この場合より悪いのは俺か。あいつらか。
先に手を出したのは俺だし刃物も使ってる。
でも骨を三本折るまで殴るのは過剰防衛か?

うーん。駄目だ。分からん。
まぁ、少年法もあるし大した罪にはならないだろ。 
大丈夫だ。大丈夫。きっと大丈夫。

どんな話をされるのか不安で仕方なかった。
こんなチキン野郎が不良の首元を刺せたものだ。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか?
少し違う気をするが人間の底力は恐ろしい。
自分がやったことなのに、自分じゃないみたいだ。
……きっとあんな勇気、俺はもう一生出せない。

……森が今の俺を見たら笑うかな。

部屋には両親と二人の警官がいた。
「先生!遥暉は大丈夫なんですか!?」
「命に別状はありませんし。後遺症も残らないでしょう」
「はぁ。よかった」
「心配したんだぞ。お前が無事ならそれで良い」
「お前が無事ならそれで良いねぇ。そんな甘っちょろいこと言ってるから、刃物で同級生の首を刺すようなサイコパスに育つんですよ」
「おい!やめとけ!」
「なんですか先輩。事実じゃないですか」
「うちの子は理由もなくそんなことをするような子じゃありません!!」
「不良の方が先に手を出したに決まってる!!」
「……犯行現場はトイレだったんで監視カメラもついてないし、どっちが先に手を出したのかは分かりませんけど。
仮に先に手を出されてたとしても刃物で首を切りつけるのはどう考えても過剰防衛です。あと少し深く刺さって頸動脈を切っていたら相手を殺していたかもしれないんですよ? 」
「そ、それはそうかもしれませんけど……。うちの子だって骨を折られているんですよ?」

「手足の骨数本折れたって死なないでしょ?」
「なっ!?」
「おい!やめろ!言い過ぎだ!」
「事実を言ってなにが悪いんですか?先輩。世の中の大人が先輩やこの二人みたいに子どもに甘いから、最近のガキはろくでもないんですよ」
「はぁ。事情聴取は俺がする。お前はもう喋るな」
「はいはい。分かりましたよー」
「それとご両親と担当医は席を外していただいてもいいですか?年頃的にご両親の前だと話しにくいこともあると思いますし」
「でも……」
「父さん。母さん。大丈夫だから。外で待ってて」
「本当に大丈夫か?」
「なにかあったらすぐに呼びにくるのよ」
「うん。ほんとに大丈夫だから」

「俺の部下がすまない。早速だが同級生の首元を切り付けた動機を教えてくれ」
「……俺の同級生が自殺したんです」
「たしかに一週間程前に君と同じクラスの女生徒が自殺で亡くなっているね」
「あいつらの!!あいつらのせいなんです!!あいつらが森をレ、レイプしたりするから!!」
「……その現場を目撃したのかい?」
「……いえ。見てはないです。授業中トイレであいつらが自慢げに言ってたんですよ」
「なるほど。動機は理解した」
「お願いです!!刑事さん!!俺のことも捕まえていいから!!あいつらを捕まえてください!!」
「それは……」

「焼いた後の骨に男の体液なんて残ってる訳ないでしょ」
「で、でも!!他になにか証拠が!!」
「まあ、99%ないだろうね。仮にあったとしても警察はすでに亡くなっている人の性被害を捜査出来るほど暇じゃない」
「な……。じゃあ、俺はどうしたら……」
「辛いだろうけど忘れるしか」
「忘れる?……俺が森を?忘れていいわけないだろうが!!」
力一杯刑事を殴った。
「痛っ!」
「あはは。ストレート!」
「笑い事じゃないだろ!」
「今のは完全に先輩が悪いです。殴られて突然ですよ」
「いや。さっきまでのお前の発言の方がよっぽど駄目だろ」
「ほんと人の心が分かってないですよね。そのうち刺されますよ」
「そんな大袈裟な……」

「おい少年。俺のことも殴っとくか?すっきりするなら一発くらい殴られてやるぞ」
「……いいです。殴ったって森は返ってこないし、あなたの言ってることは伝え方に難はあっても間違ってるとも思わない」
「……へー。お前みたいなサイコパスにも最低限の良識はあるんだな。だからって人を刺したのは許さないけどな」
「……別に許されたいなんて思ってません」
いっそ許さないで欲しい。
「……殴ってすみませんでした」
「あ、いや。俺の方こそなにか傷つけたみたいで悪かった」
「そういう謝り方もよくないですよ」
「……じゃあどうすりゃいいんだよ」

「じゃあ俺たちは帰るね。また話聞かないといけないかもしれないけど」
「分かりました」
「じゃあな。早く治せよー」
「お大事に」
「はい」
刑事二人が帰っていった。
「はぁ。なんかすごく疲れた」


それからだ。俺の人生がどんどんダメな方へと流れていったのは。
頑張って中の上くらいの大学に入ったけど、少しでもチャラついた人間を見ると森を死に追いやった奴らを思い出して吐き気がした。
1ヶ月も経たずに行けなくなって、あっという間にヒキニートだ。
そんな俺を両親は責めなかった。
俺のことを心から心配してくれる両親。
でもただ心配なだけではないのかもしれない。
また学校で人を刺すくらいなら、家で引き篭もってる方がマシだと思われているのかも。
そう思うのが悪い訳でもない。
むしろ親として当然の考えだろ。
誰だって自分の子どもを犯罪者にはしたくないはずだ。

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