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【美容医療】高額請求されて逃げ帰った日

ほっぺたを引っ張り上げると、かつての自分の面影が見える。でも手を離せば、一瞬でどぅるんと元通りになってしまう。

最近、口がえらい下の方に移動してきた。なんで?もっと上の方にあったはずだよ。ぐーっと口角をあげれば少しマシだが、力を抜いたとたん、みるみる下に滑り落ちていく。重力に抗えない。むしろなんで今まで抗えてたんだろう。

変な話だけど「若返りたい」というはっきりとした意識がない。あるとしたら体の不調を治したい、に近いかもしれない。どこかでまだ〝治る“と思っている。自分が自分だと認識していた姿がどんどん変わっていくのがどうも腑に落ちていない。

私の脳内AIが、近ごろの私を私だと認識してくれないために、せっせと白髪を染め、目尻にクリームを塗っている。

そんなことを考えて悶々とするのは、もうすぐ「なるべくよく見られたい」予定があるためだ。どう足掻いてもこの42歳の私で行くしかない。分かってる。だけどちょっとでも……。もしできるのなら……。と往生際悪く考えてしまうのだ。

そんな気持ちを見透かされたように、美容医療のネット広告が最近やけに目に入ってくる。
なになに、糸リフト初回0円?4本で2万円?
まさかそんな。知ってるよ、釣り広告ってやつでしょ。

こんなやつ

疑いながらも目が離せない。しげしげと見てしまう。糸リフトって、確か細い糸でたるみを引き上げるんだよね。タレントやYouTuberが気軽にやっているイメージがある。

2万強でもし口が元の位置にもどるとしたら。
娘と一緒に撮られた写真を見て衝撃を受けることもなくなるんだろうか。つい、ふらふらとカウンセリング予約をしてしまった。私の人生は思いつきと衝動性によってつくられている。

当日そわそわしながら京都駅まで出向いた。
話を聞くだけのつもりではあったが、「ちょっとよく見られたい」予定が迫っていたので、もし内容と値段に納得できるのなら思い切ってやってしまおうかというテンション感でもあった。

受付をすませると、カウンセリングシートを記入した。目元、たるみ、シワ、しみ、と全ての気になる項目に勢いよくチェックを入れていく。
次にいきなり女性器の各部位についての項目がでてきて手が止まった。ま、まじか。世の中にはこんなところの美しさにもこだわる人が存在するのか。意識レベルが高すぎる。美容医療界の奥深さに驚愕した。

カウンセリングシートを書くと、美容カウンセラーが登場した。受付の子もだけど、さすがという美しさで、鮮やかでクッキリつやつやしている。急に自分が100年砂漠で野ざらしにされた化石のような存在に思えてくる。

「どの辺が気になりますか」と手鏡を渡される。昼間の白熱灯の下の42歳をまじまじと見る。もう全部だよ、と言いたいのをこらえて「たるみです」と短く答える。

ドアップで写真を撮られ、A4サイズに伸ばされた私の写真を見ながらおすすめの施術を紹介される。このサイズの自分の顔写真と向き合っていると、まるで人質にでも取られたような気分で、言われた施術を片っ端からやるべきなんじゃないかと強迫的な気持ちになってくる。

とはいえ必要最低限、なるべく安くの初心は忘れていない。
気を引き締め直していると、
「……まぁ相場的に目の周りだけで100万円ぐらいはかかってくるものなんですけど」
さらっと言われた言葉に耳を疑う。
「え? 100万ですか?」
「そうですねー、どこのクリニックでも相場ではそれぐらいにはなってくると思います。いったん見積もりお持ちしますね」
出された見積もりを見て絶句した。
気になる部分すべて施術した場合のお値段、なんと200万円。

200万……。

え?
2万円どこいった?
釣り広告にしても、桁違いすぎない?

頭真っ白な私に、美容カウンセラーが、「お支払いされるとしたら分割ですかね?」と聞いてくる。200万円の分割。「みなさん月一万円とか二万円のお支払いで設定されますよ」

ねえ。
ねえねえねえ。
月一万〜二万の分割払いで200万円のローン組むわけなくない? 私を地獄に落とそうとしているの? ねえねえ。

目の前の美しい人が急にこわくなってくる。ウシジマ君の登場人物みたいなセリフ言うじゃん。
「いや、ちょっと思っていたより高くて…」
もごもごと言葉を探す。
「もし、モニターになって頂けるのなら、モニター価格でもう少しお安くできます」
赤ペンで訂正され、いきなり50万近く安くなる。
それで150万。
帰りたい。とんでもないところに来てしまった。
私が煮え切らないのを見て、
「もし、顔をすべて広告に載せていいのであれば70万円にできます」
とさらに大幅に下がる。おしっこ漏れそう。

そこで美容カウンセラーがドクターと相談すると言って一旦退出する。
私はうなだれていた。美容医療について何も知らないのにのこのこ来てしまった後悔が押し寄せる。とんだ無知なまぬけだよ……。

いや待って。
確かに下調べもなく勢いできた私にも落ち度があるけど、明らかに誇大広告じゃない? 有名な美容クリニックだと思って信頼してたのに。
顔をあげるんだ私。まぬけではあるが悪くはないよ。やられっぱなしになるな。自分のために、言うことは言おう。

美容カウンセラー戻って来て今度は、
「先生と相談して今回最低限の施術にはなりますが特別に22万でさせて頂きます」
と言う。もう値段設定めちゃくちゃである。

「あのー、私ネット広告を見て来たんですけど」
と切り出す。
「私が相場感とか分からないまま来てしまったのもあるんですけど、あまりにもネットと値段が違うので、驚いてますし、とても無理です。すみません」

最後についつい「すみません」をつけてしまったことを除けば、よく言ったと思う。
「あー、ネット広告の施術は、半年程度しか効果のないものなので、それでよければその値段でさせて頂けはします」
「……」

その後帰りたい私となんとか契約させたいカウンセラーのやりとりが小一時間続いた。A4サイズの顔写真の輪郭をペンで塗りつぶしてシュッとさせて私に見せたり、私の頬肉を指でひっぱりあげながら鏡に映して説得されたり、最後にはとりあえず今日だけ6000円で目元のハイフを受けられるので、それで手付金とさせて頂いて、あとはゆっくり考えてくださいと話をまとめられそうになる。

金銭感覚がおかしくなるが6000円だって、ロイホで厚切りワンポンドステーキが食べられる値段なんやぞ!!(人様のエッセイの影響により)

しかもここまでのやりとりで信頼関係はすでに崩壊している。100円だろうが10円だろうが、一切ここでなにかをしたいと思えない。私が何もする気がないのを悟ると、美容カウンセラーは、急に覚めた表情になり、「じゃあエレベーターまでお送りします」と早歩きで出口に案内される。

エレベーターを待つ間、美容カウンセラーの視線が私のカバンをサッと通ったのに気づいてしまった。私のノーブランドのトートバッグを。

エレベーターに乗り込むとき背中に冷たいものが走った。うっ……。久しぶりである、この手の悪意。私、感じちゃうんだよな。すみませんね、まぬけな貧乏人で。

最近やさしい人とばかり接して浮かれていた気分が、すっと戻された感じがした。これもこの世界の一面だよね。悪意もあるし雑に扱ってくる人もいる。

だけど、ちゃんとNOを言えたじゃないか、と帰り道しょげ返る自分を励ましてみる。えらいよ。去年の自己肯定感最底の私なら、あの美容カウンセラーの機嫌を取ろうとしていたんじゃないかと想像してぞっとした。

仕事を空けてまで出掛けて、尻尾巻いて逃げ出して、なにやってんだと思ったが、こうなったらnoteのネタにしてやろうと意気込んですぐ書いた。
noteありがとう。

帰ってからクリニックを検索したら高額請求に気をつけて!とさんざん口コミに書かれていた。いやぁ、調べなさいよ自分。思い立ってすぐ動くから……。

あと最初から糸リフトは飛ばしてたかも。最初はヒアルロン酸とかハイフとかホクロ取りとかちょこちょこやってくみたい。
でも、もう、当分いいかな。



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