僕とジストニア #2 ジストニアなのか?イップスなのか?
──違うと思っていたものが、実は“同じ味”だった。
先日、日本イップス協会の会合に参加した。
ジストニアを長く取材してきた僕にとって、それはちょっとした“異世界訪問”のような時間だった。
「映画ジストニア」とタイトルにつけるくらいだから、
僕はジストニアについて、医師、患者、民間療法の方たち——
様々な立場の人に話を聞いてきた。
でも、イップスの世界は、実はあまりよく知らなかった。
もちろん、イップスの人にも、イップスをみている人にも取材はしてきた。
だけど、そもそも イップスが何を指している言葉なのか、正直よく分からなかった。
だから会合に向かう途中、ふとこんな不安が浮かんできた。
「僕、ちゃんと受け入れてもらえるんだろうか?」
映画ジストニアをつくっている僕。
イップス協会の皆さん。
少し大げさに言えば、“道場破り”に向かうような気持ちでもあった。
■ 互いの常識を知らない者同士
会が始まって、ゲストとして紹介された僕は緊張しつつ——
ジストニアとの出会いから、取材を通して感じてきたことまで、色々な話をした。
皆さんはとても真剣に耳を傾けてくれた。
あとで聞いた話だと、イップス協会の皆さんは僕と逆で、
ジストニアについて話を聞く機会がほとんどなかったという。
だから僕の話は、皆さんにとっても新鮮だったらしい。
途中からはディスカッションのような形になり、
僕はジストニアサイドからの考えを述べ、
皆さんはイップスサイドからの考えを伝える。
なんだか不思議な感じだった。
たぶん、お互いに“相手の世界の常識”を知らない者同士が、
相手の話に素直に耳を傾けている、そんな時間だった。
これは、会長の河野さんをはじめイップス協会の皆さんの
器の大きさ があって初めて成立した場なんだと思う。
受け入れてもらえるか?と考えていた自分がとても恥ずかしくなった。
そして僕は、ジストニアの取材をしてきたとはいえ、
それを全面肯定するつもりは全くない。
それよりも、
イップスサイドの理屈や常識を知りたいという思いのほうが強い。
きっとどちらにも正しさがある。
だからこそ、とても貴重な時間だった。
■ 「牛丼」と「牛めし」
話題は自然と「ジストニアとイップスの違い」へ移っていった。
僕が「ジストニアはこうです」と話し、
皆さんが「イップスはこうです」と返す。
すると、ある方が言った。
「牛丼と牛めしみたいですね。」
思わず笑ってしまった。
確かに、ほぼ同じなのに、呼び方が違うだけ。
誰かと誰かが言い合いしているときに第三者が言う、
「この二人、実は同じこと言ってない?」
というのに似ていた。
そのとき僕は、
ずっと続いてきた 「ジストニア イップス」論争 が
急にバカバカしく感じられた。
■ 次回予告:#3 定義のない世界
次回は、僕が10年以上取材してきて初めて気づいた事実。
「イップスには共通の定義が存在しない」
という、けっこう衝撃的なテーマについて書いていくつもりだ。
ジストニアとイップスの関係を考えるうえで、
避けて通れないポイントになるはずだ。
