北京の喧騒と、30年後の小苹果〜魔法を手に入れるまで〜(3)
第九章:天安門の洗礼
午後からは観光がセットになっていて、生徒全員でバスに揺られて天安門広場へ行った。
バスを降りた瞬間、視界の全てが茶色い石畳と空に覆われた。デカい。日本の尺度とは桁が違う。広大な石畳からの照り返しが、容赦なく体力を奪っていく。喉がカラカラだ。
「ちょっと待て」
中国通のベテラン参加者が、ペットボトルに伸びた俺の腕を掴んだ。
「ここで水を買うな。キャップが緩いのは、中身が水道水に入れ替えられている可能性がある。たとえ凍っていても、開封済みならアウトだ」
俺は生唾を飲み込んだ。これが中国か。油断すれば腹を壊す。生きる力が試されている気がした。北京の洗礼だ。
旗を持ったガイドに連れられて歩くが、景色よりも先に目に飛び込んでくるのは物売りの群れだ。
「毛沢東ライター!」「人民帽!」
どこへ行っても同じものを、同じトーンで売りつけてくる。まるで壊れたレコードだ。
俺たちは苦笑いしながら、その熱気をかわして歩いた。
圧倒的な歴史の重圧と、たくましすぎる商魂。この混沌こそが、この国のエネルギーなのかもしれない。
夜は中華料理。円卓を囲み、油の匂いと香辛料の刺激を胃袋に流し込む。俺の身体も少しずつ、この国の「濃度」に馴染もうとしていた。
第十章:音を盗む
二日目の朝。教室の空気は昨日と同じく重苦しい。
黒板に書かれた漢字と、先生の口から機関銃のように放たれるセリフ。
「ターチャーチータオラマ?」「トイプトイ?」
意味不明な呪文だ。脳が意味を検索しようとしてエラーを起こす。その繰り返しで頭がパンクしそうだ。
隣の席の名古屋の大学生は、机に突っ伏して「あー、マジ分かんねー、終わった……」と呻いている。完全に思考停止モード。彼の目はもう死んでいる。
(待てよ。こいつと同じでいいのか?)
俺の中に妙な焦りと、反骨心が湧いた。安くはない参加費を払っている。ただ呆然と座って時間をドブに捨てるわけにはいかない。
そこで俺は思考を切り替えた。「意味」を理解しようとするから脳が止まるんだ。「音」だ。この空間に響いているのは、言葉以前の「音」の羅列だと思えばいい。
俺はペンを握り直し、ハッカーがソースコードを書き写すように、耳から入った音をそのままカタカナで片っ端からノートに記録し始めた。
「インガイ……」「シェシェ……」「タイハオラ……」
意味など後回し。脳のフィルターを外し、とにかく音を文字にするだけの作業に没頭した。
すると不思議なことが起きた。ノイズでしかなかった先生の言葉が、ある種のリズムを持った音楽のように聞こえ始めたのだ。
第十一章:パンダTシャツ戦争
午後からは万里の長城へ。北京の北を守る巨大な龍の背中だ。
だが、ここでも俺を待ち受けていたのは、悠久の歴史ロマンよりも、逞しい商魂だった。
バスを降りた瞬間、物売りの親父たちが獲物を見つけた獣のように群がってくる。
「ポストカード!」「Tシャツ、安いよ!」
日本語混じりの猛攻。隣の大学生はおどおどして、「あ、いや、大丈夫です……」と日本語で断っているが、そんな弱気な態度では彼らには通じない。むしろカモだと思われるだけだ。
俺は腹に力を入れ、覚えたての一語を放った。
「プーヤオ!(不要!)」
いらない。必要ない。
短く、強く吐き捨てるように言うのがコツだ。
「プーヤオ! プーヤオ!」
寄ってくる手当たり次第にこの「盾」を連発する。するとどうだ、親父たちが「ちっ、こいつは手強いな」という顔をして引いていく。
通じる。音だけで、自分の身を守れる。この万能感はどうだ。
調子に乗った俺は、今度は「便宜 一点儿!(値下げして)」を試したくてうずうずしてきた。
ターゲットは、少し鼠色がかった、垢抜けないパンダのTシャツ。デザインとしては最悪だ。だが、実験台には丁度いい。
親父が電卓でふっかけた値段を叩く。観光客価格だ。
俺は即座に叫んだ。
「タイグイラ!(太貴了!)」
高すぎる!
親父の目の色が変わった。「お、こいつ喋れるのか?」という警戒の色。そこからは乱戦だ。
「15元!」「プーヤオ! 10元!(シーユエン!)」
「12元!」「プーヤオ! 10元!」
「プーヤオ(いらない)」は、断る時だけでなく、相手の提示額を拒絶する最強の交渉カードにもなる。
この二つの単語をマシンガンのように使いまくり、結局、俺は10元でその薄汚れた戦利品を勝ち取った。
手には安っぽい布の感触。だが、それは俺にとって初めての「言葉という武器」を使って勝ち取った、確かな勝利の証だった。
第十二章:霧が晴れる
その夜の宴会は盛り上がった。「ゴンタク」さんというムードメーカーの男性が音頭を取り、「カンペイ!(乾杯)」の声が飛び交う。
翌日の朝、先生は決まって前日の観光地について深掘りして解説してくれるのが常だった。
俺のノートは、意味のわからないカタカナの羅列で黒く埋め尽くされていた。
それを見た例の中国通のベテラン参加者が、面白そうに俺のノートを覗き込んだ。
「おっ、君、よく聞いてるね。耳がいい」
彼はニヤリと笑うと、俺が書いたカタカナの下に、次々と漢字を当ててくれた。それはまるで、暗号解読のようだった。
「この君が書いた『ターチャーチータオラマ』はね、実は『大家、知道了磨(皆さん分かりましたか)』と言っていたんだよ」
「えっ……」
衝撃が走った。
「で、この『トイプトイ』は『対不対(正しいかどうか)』だ」
霧が一気に晴れた。
先生はずっと、俺たちを置いてきぼりにしていたわけじゃなかった。「みんな分かったか?」「合ってるか?」と、必死に確認してくれていたのだ。
それに対して、意味もわからずポカンとしていた俺たち。先生から見れば、どんなに滑稽で、どんなに不安だったことだろう。
ノートの上のカタカナ(音)と、漢字(意味)が線で繋がる。
その瞬間、俺の脳内で回路がバチッと音を立てて繋がった気がした。
これが言葉か。
ただの音の羅列が、意味を持った瞬間の快感。俺は確かに今、この異国で生き抜くための「魔法」の杖を手に入れたのだ。
(つづく)
