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【指導の落とし穴】その丁寧な支援、子どもを「安心」させて「怠惰」にしていませんか?心理的安全性=手厚い支援ではない。6月の教室で「挑戦の舵」を切るための、見取りの美学。

学級経営において、近年よく耳にする「心理的安全性」という言葉。クラスの子どもたちが安心して自分を表現できる環境を作る上で、非常に重要なウェイトを占めています。

しかし、現場を見渡してみると、ここで大きな「混同」が起きているケースによく遭遇します。 それは、

「心理的安全性 = 手厚い支援・過剰な支援」だという誤解です。

過干渉すぎることへの問題提起です。こんな話をすると、きっと賛否両論が巻き起こるでしょう。
「関わらないこと。それは放任だ」
「支援不足の言い訳だ」
「児童理解が足りない」と受け取る人もいるかもしれません。

でも、あえて本音で言わせてください。現場を注意深く観察していると、目的がズレた「過保護な支援」になってしまっているケースが、本当に、本当に多いのです。『見取る』という支援の持つパワーについて語りたいのです。

指示待ちの「怠惰の姿勢」を作る甘い罠

例えば、ノートのマス目の書き方から、めあてを書く場所まで、一つひとつの指示を丁寧に行い、子どもの活動の流れをある程度の「型」にはめる指導。

これ、実は教師側にとっては「楽」なんです。 なぜなら、限りなく全員を一時的な「成功(指示通りに動くこと)」へ導けるから。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。 全員が常に完璧に指示を聞けるわけではありません。困り感を抱えた子ほど、その型に反発したくなったり、周りに合わせるのが難しかったりします。結果として「おしゃべり」や「別の行動」といった不適応行動が起こる。すると教師は「困った児童」としてその子を見取り、さらにその子のレベルに合わせた、より「楽な作業」へと活動レベルを下げていくデザインをしがちです。

多くの児童にとって「楽な作業」は、確かに安心します。 でも、その安心の正体は、「自分から考えず、教師の指示を待って、思考体力を温存する姿勢」。つまり、【怠惰の姿勢】を作ってしまっているのではないでしょうか。

「場所を指定された方が子どもが安心するから」という細やかな指導が、果たして本当の意味での心理的安全性を生んでいるのでしょうか。私は、どうしてもそうは思えないのです。

6月は分かれ道:「怠惰」か「挑戦」か

4月、5月を駆け抜け、クラスの雰囲気がかなり固まりつつある今、この6月こそが大きな学級経営の分岐点です。

ここで、クラス替えや進級後の不安な心情に寄り添った「手厚すぎる支援」を続けて怠惰の姿勢に拍車をかけるのか。それとも、ここから「挑戦できる学級」へと舵を切り、主体性を持った集団へと成長していくのか。

本当の意味での心理的安全性とは、「挑戦し、失敗も成功も経験した上で、それを互いに認め合える集団」の先にしか存在しません。

ここで勘違いしてはならないのは、クラス内での「価値づけ」は「ジャッジメント(結果の評価)」ではないと抑えることです。 価値づけとは、挑戦した結果(成功か失敗か)に対して行うものではありません。

  • 挑戦に向かったプロセス(過程)

  • 費やした時間

  • その時抱いた感情

  • 「次はどうしたいか」という願い

これらをクラス全体、もしくは個人間で言語化し共有することです。手放しになんでもかんでも褒め合うわけでも、文句を言い合うわけでもない。上手く言語化するのが難しいですが、一言で表すなら「互いの姿を認め合う」こと。これこそが、私が現時点で行き着いた最適解です。

「支援の間」と「見取りの間」

もちろん、この「挑戦のデザイン」と「安心の塩梅」は、言葉で言うほど簡単ではありません。 設定する課題の難易度や、教師がどこまで介入するか、どこまでスモールステップ化するかなど、子どもの様子を常に鋭く見取る必要があります。

あえてチャレンジさせる以上、子どもたちには多少の「ストレス」や「不可(疲労感)」がかかります。一見、リラックスできる環境とは真逆の状態が生まれるのです。

「低学年のうちに手厚く支援した方が土台ができる」という意見もあります。確かにそういう側面もありますが、手厚すぎて毎時間が「指示待ちの退屈な時間」になっている場面も、肌感としては五分五分(50%ずつ)だと感じています。

「低学年の実態を知らないくせに!」と怒られそうですが(笑)、私自身、毎日低学年や保育園児の我が子と接しています。学年という区分はたまたま生まれ年で区切られただけで、3年生の教室にも発達段階として1・2年生相当の子はいますし、離島勤務時代には「副担任か!」と突っ込まれるほど毎日低学年の教室に入り浸っていました。だからこそ、この課題の根深さを痛感しています。

私は今、常に「価値づけの目」で子どもたちの動きを見取るよう意識しています。

そうすると、子どもが少し手が止まったからといって、反射的に支援の手を出したり、声をかけたりすることはなくなります。「本当に今、手助けが必要か?」を一呼吸おいて吟味する。

この「支援の間(ま)」と「見取りの間(ま)」。 これこそが、子どもたちを怠惰にさせず、主体性を保持したまま

「本当の心理的安全性」を教室に生み出す、最強のスパイスなのだと信じています。

今月は少し、子どもたちに心地よい「ステップアップのストレス」を仕掛けてみませんか?

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