正面から見つめるか、隣で同じ方向を見るか。先輩とお酒を飲みながら語った「AI時代の教師像」
先日、先輩の先生とお酒を飲む機会がありました。 グラスを傾けながら、話題は自然と「これからの教育」について。特に熱を帯びたのは、「AI時代の教師像」についてでした。
AIが教育現場にやってきたら
現在、教育現場にも少しずつAIの波が押し寄せています。 AIドリル、自動採点と分析、個別の弱点解説、そしてフィードバック……。 これらが本格的に導入されれば、知識の伝達や定着といった面で、確実に教師の役割は変わっていきます。(現に私自身、NotebookLMなどにかなり助けられていますしね)
では、AIに代替されない、教師の「本当の役割」とは何なのか?
先輩は、熱を込めてこう言いました。 「それは『向き合う』ことじゃないかな」
先輩の考える「向き合う」= 注視とタイミング
先輩の言う「向き合う」とは、文字通り、子ども一人ひとりと正面から向き合い、深く考えることでした。
「担任として、その子をよく観察する。そして『今だ!!』という絶好のチャンスを見計らって、その子に役割を与えたり、背中を押して自信をつけさせたりする。そういう『間』や『直感』を含んだ人間臭い力は、絶対にAIには代替されないよ」
確かにその通りです。
「この子は今、悔しい思いをしているから少しそっとしておこう」
「今なら、少し高いハードルでも飛び越えられるかもしれない」
「今、表情が少しだけピクっと動いた。今ならこの子が発表できるかもしれない」
そんな、日々の息づかいを感じ取れるのは、同じ教室で時間を共有している生身の人間だけです。
私の考える「向き合う」= 横に並んで、同じ景色を見ようとする
先輩の言葉に深くうなずきつつ、私は自分なりの「向き合う」の解釈を返しました。
「先輩の言う通りだと思います。ただ、『向き合う』というのは、何も正面から対峙するだけではない気がするんです。 教師と児童の関係において、その子の隣にスッと座って、その子が向いている方向(興味や未来)を一緒に見ようとすること。それもまた、もう一つの『向き合う』の形ではないでしょうか?」
真正面から見つめて、時に引っ張り上げるアプローチ。
横に並んで、「あれ面白いね」と一緒に景色を楽しむアプローチ。
どちらも、これからの時代の子どもたちに伴走する上で、欠かせない教師の姿勢なのだと思います。
言語化の難しさと、もがき続ける未来
……と、文字にすると綺麗にまとまっているように見えますが、実際は2人ともお酒が入っていたので、もっと泥臭く、まとまりのない言葉で熱く語り合っていました(笑)。
シラフになって振り返ると、「考えていることや、頭の中にあるイメージを簡潔に言語化するのって、本当に難しいな」と痛感します。
AI時代の教師像。 これに「完璧な正解」が出る日は、きっと来ないでしょう。 だからこそ、こうして先輩と語り合い、迷い、言語化の難しさにもがきながら、これからも少しずつ自分なりの「教師像」をアップデートしていくのだと思います。
みなさんは、AI時代の教師の役割、何だと考えますか?

