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たわしだった、私の心が


私の心は、例えてみれば、たわしだった。感じないように走り続けてたら、そうなった。

生きづらさを抱えてたのを自覚したのは、20歳半ば過ぎてから。相手の考えてることをいちいち、察してしまう。


子育て期にはそれが邪魔になった。いちいち察してたら身が持たない。それを一旦封印し、何も感じないように突っ走った。

子どもたちはどこまでもマイペース。驚くばかりだった。
文字を覚えるのも、人に挨拶するのも、朝ごはんに何を食べるかも、私の願うペースとまったく違ってた。


私は、たぶんいわゆる「母」を味わうことが、どこまでもできなかった。
だから、この辺の話をしようとすると、喉がこわばるような気がする。


本当は、もっとずっと味わいたかった。


しみじみ寝顔を愛でる。子どもたちの頭の匂いをふんふんする。たどたどしい言葉につい、ぎゅっと抱きしめる。そんな瞬間を、思い切り味わうことができなかった。常に、役割を優先する人であり続けたから。

どうしたいかなんて考える前に、子どもたちの口にとりあえずおにぎりを突っ込みたかった。挨拶が苦手な子どもたちを隠したくて、まず耳元で「挨拶!」とこっそり声をかけ、たいてい失敗した。保育園では一文字も教えてくれなかったから、代わりに就学前にドリルを何冊か買い込んだ。寝る前には必ず3冊、絵本を読んだ。

怖かった。人の目と、実の母の目の両方が怖かった。
ことあるごとに採点されるようで、びくついた。
「共働きは手が回らないから、しょうがないよね。少しずつ諦めないと」
会うと、毎度のように聞かされた。

諦める?・・・何を諦めるというんだ。

おかしいのは、その言葉を当時は少しもおかしいと思わなかった。その通りだと思った。だから感じる前に対処した。感じたら、自分が失格だってわかってしまうから。

図書館で絵本を選ぶ。なるべく文字が少ないやつ。読み聞かせで毎晩、先に、首が折れるのは私の方。睡魔と闘う苦痛。
背負うのは、いつも私だけ。

駅のプラットフォームで、子どもたちがはしゃいで、走り回っている。それだけで胸が温かく見とれてしまうような、慌ただしさすら溶かす瞬間。目に焼きつけておきたかった。邪魔したくなかった。

見ていた父が一言、言った。
「しつけがなっとらん」
一気に、その色彩が消えた。

朝6時起きで、朝の支度の合間に夕飯の支度までしてきたんだ。
そんな自分まで丸ごと頭から、大きなばってんをつけられた気持ちになった。

私には、感じる前に動く理由が、十分すぎるほどあった。


週末には、公園に行くのが日課だった。

大きな帽子。2重に塗った日焼け止め。日焼けマスクとアームカバー。完全防備。完全に不審者だった。
サッカー、キャッチボール、おにごっこ。
コンビニおにぎりを買い込んで出かけ、子どもたちの気分が乗って走ってくれたら、心底ほっとした。いわゆる貴重な公園タイムで私が気にしてたのは、子どもたちがどれだけ笑顔でいられたか、ではなかった。
子どもたちが昼寝後にやるつもりの持ち帰り仕事が、どのくらい自分の睡眠時間に食い込むか。
子どもたちの、昼寝次第だった。


こんな母親なんか、いるんだろうか。

罪悪感がよぎる。

ある時、子どもに向かって私が、思い切り投げたドッジボールの玉が、おじさんの背中に当たってしまった。

・・・真っ白になった。
ごめんなさい、とか何とか、言ったと思う。

予想外に、私の気持ちはスローモーションだった。

足も身体も、その瞬間、ものすごく重くなった。
気持ちと一緒に、動けなくなった。


・・・なんで。
・・・なんで私、こんなことやってるんだろ。

この瞬間には、たぶん
子どもがかわいいとか、
大事にしたいとか、守りたいとか、
そんなこと微塵も考えてなかった。

握りしめたこぶしの爪が、そっと手のひらに食い込んだ。

おじさんが怒鳴ってた。わあわあ、言ってた。
何を言われてるかも、わからなかった。

ただ。
なんで。

朝も昼も夜も、一人こんなに必死でやってて、
つい手が滑っただけなのにこんなに怒鳴られてる必要なんてある?
なんで。

私が、かわいそうだった。

えらいね。
がんばってるね。
ほんとは疲れちゃってるんだよね。
立ち上がるすらほんとはおっくうなのに。
昼寝ぐらい、私がしたい。


子どもに楽しげにボール遊びしてほしくて公園に来て、
必死になって、知らないうちに変なおじさんに怒鳴られてる。
私って何なんだろ。
私の人生って。

涙すら、出なかった。


もうこれ以上、何かを感じたら壊れる気がした。
子どもたちは滑り台に走っていった。笑い声がこちらまで響いた。
もう無理だった。

そっと、家に帰った。



あの頃の私は、疲れていたんじゃない。

感じることを、やめていただけだったのかもしれない。

たわしになった心は、何も感じなくなったわけじゃなかった。

感じてしまったら、もう立っていられない気がして、自分からとげをはやして、固くなっていただけだった。


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