デリコちゃんは愛さない 第2話 「やめといたら?」
視線の先にある浮遊する2体の物体ーー
一つは大きな熊のぬいぐるみだった。
女の子の間で人気なマスコット(抱きしめて寝ると願いが叶うともっぱらの評判だ)。押しも押されぬ愛されキャラだが、今はその可愛らしい風貌は見る影もなく、燃えるような赤い眼が怪しく光り、拳からは鋭い爪が伸び、大きく開いた口からはナイフのような牙が見えた。
もう一つは、こちらも有名なアニメのアイドルキャラ。
ピンクの華やかな衣装を身に纏い――までは良かったのだが、その顔には酷薄な笑みが浮かび、手に持ったステッキの先は不気味に鋭かった。
それぞれ二体が怪しい光を放ち、互いの頭上を浮遊している。不意に、その光がゆらりと動いた。熊のぬいぐるみが振り上げた鋭い爪で、相手に襲いかかる。
ギインッ!
火花と共に耳障りな反響が鼓膜に響く。その凶悪な爪を、アイドルは構えたステッキで器用に受け止めていた。両者がぶつかり合った衝撃で辺りにぶわり、と風が舞い、僕はその圧に尻餅をついた。
(幻……じゃない!?)
半信半疑だった光景に絶望的な確信が走る。憤怒の形相で相対する目の前の者は、相手を再起不能するに十分な力を持っている。
倉庫にしつこく残っていた残響が消える。それを待っていたかのように浮遊体が、それぞれ身構えた。
先程よりも深く、より力強く――相手を殺すために。
地面も無いのに両者が踏み出す音が聞こえた気がした。物凄いスピードで距離が詰まっていく。風がうるさく鳴った。その後の凄惨な状況を思い、僕は思わず目をつぶった。
…………
その後に来るはずの音は無かった。恐る恐ると目を開ける。ぬいぐるみとアイドルは変わらずそこにいた。相手を攻撃するその姿勢のまま、動きを止めている。唯一違うのは、両者のちょうど真ん中――
1人の女生徒が立っていた。
ウェーブのかかった腰まで伸びる長い髪。切れ長の瞳に高い鼻筋。整った顔立ちであることはすぐに知れた。こんな状況でも悠長にスマホを片手に持っている。
桜のように薄い唇が静かに開いた。
「もうやめない?」
良く言えば落ち着いた――悪く言えば面倒くさそうな声で女が二人(この場合は四人か?)にささやく。
「たかが恋愛で殺し合う必要なんてないじゃない」
それはおそらく彼女達を落ち着かせるための言葉だったのだろう。しかし、届いたのは前半だけだった。電池切れのロボットのように制止していた彼女たちがぴくりと反応する。
「たかが!?」
二重に重なり、反響し彼女達の声がわんわんと響き渡り、頭を抱えてもがき始める。
「たかがたかがたかがたかがたかがぁ!?私たちがどれだけ、苦しんでるかもぉ、知らずにぃぃ!」
その目はさらに血走り、それに連動して浮遊体が放つ光も膨張し拡大していく。危険な状態である事はすぐに知れた。
そんな状況で彼女は――
スマホを目の前にかざした。
「へ?」
部屋に僕の間抜けな声が響いた。

