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AI訓練と著作権 / 透明性と同意 / ライセンスを先に置く 雑感


Ⅰ 不確実性論の組み替え

 英国貴族院のCommunications and Digital Committeeが二〇二六年三月六日に公表した報告書は、生成AIと著作権の対立を、創作者保護かAI振興かという二項対立から引きはがすところから始まる。報告書が最初に置くのは、英国には二つの道しかないという認識である。許諾と対価を基礎とした責任あるAI開発に向かうのか、大規模な無許諾利用を事実上黙認し、不透明な海外モデルへの依存を深めるのか。ここで私が重くみるのは、この報告書が著作権論をそのまま産業政策論、さらには統治可能性の問題へと接続している点である〔注1〕。

1 誰に説得責任があるか

 報告書の論理構造の強みは、現行法を弱める側に説得責任を置き直したことにある。英国の創造産業は二〇二三年に一二四〇億ポンドの付加価値を生んでおり、二〇二四年のAI部門の一一八億ポンドを大きく上回る〔注2〕。報告書は、創造産業がすでに現実の損害を被っている一方、著作権保護を緩めることでAI投資がどの程度増えるかについては、説得力ある証拠が乏しいとみる。このことから、商業的なテキスト・データ・マイニング例外を求める議論は、法的明確化の問題ではなく、訴訟リスクを下げるための保護水準引下げとして位置づけるべきだという結論が導かれる。

 規制対象者が不確実性を語るとき、政策担当者は、その不確実性が権利内容そのものの曖昧さなのか、それとも自らの行為が違法と判断されうることへの不快感なのかを切り分けなければならない。報告書はこの切り分けを、技術セクターの主張を丁寧に検討したうえで行っており、AI企業が広範な商業的TDM例外を求めること自体が、現行の例外条項では大規模商業訓練をカバーできないとの認識を示していると読む〔注3〕。

2 「学習」という比喩を退ける

 生成AIの訓練を人間の学習になぞらえる議論は、直観的に響く。しかし報告書は、争点は比喩ではなく複製だと淡々と言い返す。保護された著作物を大量に収集し、前処理し、訓練に投入する過程では、少なくともどこかでデジタル複製が生じる。訓練後のモデルが人間可読のかたちで著作物を保持していないとしても、そのことだけで複製の問題が消えるわけではないとする立場は、米国著作権局の見解とも整合する〔注4〕。

 報告書で注目されるのは、証人として出席したBosher氏やGuadamuz氏が「記憶」「読む」「学ぶ」という語の使われ方に警戒的であった点を積極的に受け入れていることである。技術の説明語がそのまま法的評価語になると、規律対象が霧の中に入る。AIシステムの動作を人間の認知にたとえる語法は、法の評価単位を技術企業の説明様式に明け渡しかねない。報告書はこの点で、感情的な反発ではなく制度設計上の理由から、当該比喩を退けている〔注5〕。

Ⅱ 権利を権利として機能させる条件

 著作権法が理屈の上で権利を認めていても、どの著作物が訓練に使われたかが見えなければ、権利者は侵害の有無を確認できず、ライセンス交渉にも入れない。権利が条文の上にあることと、実際に行使できることの間には、証拠への通路が必要である。報告書はその通路を透明性と呼んでいる。

1 透明性は証拠への通路である

 報告書を読めば、透明性が倫理的要請にとどまらないことがよく分かる。透明性は、侵害の立証、対価の算定、権利留保の確認を支える実務的基盤である。だから報告書は、高水準の要約的開示では足りず、より細かな開示が必要だとする。他方で、企業秘密や小規模開発者への負担も無視しない。公開開示と規制機関への秘密開示を組み合わせる発想が出てくるのは、その結果である。

 私はここにAIガバナンスの一つの型を見る。全面公開か全面秘匿かという単純な二択ではなく、誰に、どこまで、どの手続によって見せるかを設計するという考え方である。EU一般目的AIモデル規範に含まれる非公開の「モデル文書フォーム」を参照しつつ、英国でも規制機関への詳細な秘密開示の仕組みを検討すべきとする提案は、その設計思想を体現している〔注6〕。著作権はしばしば旧い分野とみられるが、ここで試されているのは、監査可能性を中心に据えた新しいデータ統治の設計である。

2 同意の形骸化と競争法

 報告書でさらに重要なのは、同意の問題が競争法の問題へにじみ出ている点である。検索用クローラとAI用クローラが実質的に一体で動く場合、出版社は検索流入を失わずにAI利用だけを拒むことが難しい。形式上は選択肢があっても、事業上は拒否できないのであれば、その同意はきわめて薄い。フランスの音楽配信サービスDeezerが二〇二六年一月に公表したデータによれば、完全AI生成のトラックが毎日六万件アップロードされ、総日次アップロードの三九%を占める状況に至っている〔注7〕。こうした市場の実態が、著作権論だけでは捉えきれない問題を前景化させている。

 英国競争・市場庁(CMA)が二〇二五年一〇月にGoogleに戦略的市場地位を認定し、その後に出版社向けコントロールの強化を提案したことが報告書で重視されているのは、そのためである。創作者保護は権利条文だけでなく、市場構造の是正によって初めて実質をもつことがある。AI時代の著作権論は、競争法を避けて通れない〔注8〕。

3 スタイル模倣とデジタル人格の空白

 透明性を整えても著作権だけでは受け止めきれない領域が残る。スタイル模倣とデジタル複製の問題である。著作権は特定の表現を守るが、作風そのものや声質、顔貌、人格的同一性を直接保護する制度ではない。特定著作物の実質的複製に当たらない形で作風や声を模した出力が市場を代替しても、著作権だけでは十分に対処しにくい。ウェールズのロックバンドHolding Absenceの声をクローンしたAI生成プロジェクトがSpotifyで数百万ストリームを積み上げ、聴衆の一部が人間のアーティストによるものだと信じていたという事例は、この問題を具体的に示している〔注9〕。

 報告書が人格権的な新たな保護枠組みを検討対象に置くのは自然である。ただし、ここを広げ過ぎると表現の自由やパロディ、批評まで傷つける。この部分こそ、著作権の延長で雑に処理せず、人格的利益・消費者保護・競争秩序を組み合わせた別建ての制度設計が求められる領域であると私は考える。デンマークが著作権法改正案でカリカチュア・風刺・パスティーシュのための適用除外を設けながら重大な被害をもたらす虚偽情報には留保を付けた設計は、参照に値する〔注10〕。

Ⅲ ライセンスを先に置く市場設計

 報告書の帰着点は明快である。英国が採るべきなのは、商業的TDM例外に権利留保を付ける道ではなく、ライセンスを先に置き、そのために必要な透明性・技術標準・執行を整える道である。権利者に、嫌なら自分で見張れと言う制度は、見張る力をもつ大企業以外にはほとんど権利放棄に近い。オプトアウト型の制度設計が個人の創作者にとっていかに空虚であるかは、EUの経験が示している〔注11〕。

1 例外ではなく条件を整える

 報告書によれば、AI向けライセンス市場はすでに立ち上がり始めており、二〇二五年一二月時点でCREATeのトラッカーには一二〇件の商業的合意が記録されている。ただし現状の契約は大企業同士に偏りやすく、小規模の権利者や小規模の開発者が入りにくい。必要なのは、例外新設で一気に開放することではなく、集団管理団体を含む既存のライセンス基盤がAI利用に対応できるよう条件を整えることである。ライセンス市場が存在するかではなく、誰が入れるかが問われている〔注12〕。

 報告書がオーストラリア政府の二〇二五年一〇月の表明を繰り返し引くのは、広範なTDM例外を否定するという明確な公式表明が、既存の不確実性を消してライセンス市場を動かす力をもつとみているからである。英国においても、法改正の方向性が宙吊りのままでは、「様子を見ましょう」と開発者が答えられる状態が続く。交渉を動かすのは明確なシグナルである〔注13〕。

2 技術標準とソブリンAI

 ライセンス先行という方向は、単なる契約論にとどまらない。報告書は、メタデータ・フィンガープリンティング・ウォーターマークを組み合わせた強固な来歴技術を技術的基盤として重視し、訓練データと開発過程が外部から点検可能なソブリンAIを育てる戦略とセットで論じている。スイスのApertusプロジェクトやアレン人工知能研究所のOLMoプロジェクトは、競争力をもちながら訓練データと開発パイプラインを外部から検証可能な状態に置けることを示している〔注14〕。

 大規模訓練の多くが英国外で行われる現実を踏まえると、国内法の射程だけで全てを縛ることは難しい。だからこそ、英国市場に出す段階での透明性義務と、国内で監査可能なモデルを持つ戦略が結びつく。ここでいうソブリンAIは国産礼賛の飾りではない。誰がどのデータで何を作り、その過程を誰が確かめられるかという統治の構造を国内に持つという意味である。海外の巨大モデルをただ輸入するだけでは、創作者保護の規律も産業政策も、最終的には他国の企業設計に従属しやすい。報告書が著作権とソブリンAIを同じ文脈で語るのは、権利保護と産業育成を対立物ではなく、監査可能な供給連鎖の設計として捉えているからである〔注15〕。

Ⅳ むすびにかえて

 この報告書を読み終えて残るのは、AIと著作権の争いは、突き詰めればデータへのアクセス権をめぐる争いではなく、無許諾利用のコストを誰が負担するかをめぐる争いだという感覚である。例外を広げれば、監視費用と交渉費用は創作者側に落ちやすい。透明性義務とライセンスを先に置けば、少なくとも利用する側に説明責任を返すことができる。

 報告書の価値は、著作権を聖域として守ろうとしたことにあるのではない。AI振興を口実に権利保護のコスト配分をねじ曲げる議論を、証拠と制度設計の言葉に引き戻したことにある。AIと法の論点は、とかく未来像の華やかさに引っ張られる。しかし規律の強さを決めるのは結局、見えること、拒めること、支払わせることである。英国貴族院報告書はその順序をかなり正確に押さえている。何か考えるきっかけになれば幸いである。

〔注1〕 House of Lords Communications and Digital Committee, AI, copyright and the creative industries, 4th Report of Session 2024–26, HL Paper 267 (6 March 2026), pp 3–4.

〔注2〕 Ibid., p 6 (Table 1).

〔注3〕 Ibid., pp 19–22 (paras 30–37).

〔注4〕 Ibid., pp 17–19 (paras 21–24); U.S. Copyright Office, Copyright and Artificial Intelligence, Part 3: Generative AI Training Pre-Publication Version (May 2025), p 46.

〔注5〕 House of Lords, supra note 1, pp 18–19 (paras 25–29).

〔注6〕 Ibid., pp 35–43 (paras 93–118).

〔注7〕 Ibid., p 23 (para 43); Deezer, Deezer confirms demonetization of up to 85% of AI-music streams due to fraud and moves to sell AI detection Technology (29 January 2026).

〔注8〕 House of Lords, supra note 1, pp 50–53 (paras 151–158).

〔注9〕 Independent Society of Musicians, Brave New World? Justice for creators in the age of GenAI (30 January 2026), p 21, cited in House of Lords, supra note 1, p 23 (para 43).

〔注10〕 Communication from the Commission: Notification Detail—Act amending the Copyright Act (Introduction of performance protection and protection against digitally generated imitations, etc.), 2025/0654/DK (Denmark), 31 October 2025, cited in House of Lords, supra note 1, p 33 (para 80, note 193).

〔注11〕 House of Lords, supra note 1, pp 54–57 (paras 166–177).

〔注12〕 Ibid., pp 64–67 (paras 208–217); CREATe Centre, The AI licensing economy (24 February 2025).

〔注13〕 House of Lords, supra note 1, pp 28–30 (paras 66–71); Attorney-General's Department (Australia), Albanese Government to ensure Australia is prepared for future copyright challenges emerging from AI (26 October 2025).

〔注14〕 House of Lords, supra note 1, pp 45–47 (paras 131–135); Project Apertus, 'Apertus: Democratizing Open and Compliant LLMs for Global Language Environments' (2025) https://doi.org/10.48550/arXiv.2509.14233.

〔注15〕 House of Lords, supra note 1, pp 43–47 (paras 128–135).

(マガジン)「AIと法-雑感」

 ※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。

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