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EUデジタル・オムニバス提案⑦ / EU法務委員会によるAIオムニバス意見書 / 「簡素化」への立法的抵抗 雑感


Ⅰ 欧州委員会の簡素化提案とJURI意見書の位置づけ

 2025年11月19日、欧州委員会はAI規則(Regulation (EU) 2024/1689)の実施簡素化を目的とする「デジタル・オムニバスAI規則案」を公表した〔注1〕。規制負担の軽減と法的明確性の向上を掲げるこの提案に対し、2026年2月2日、欧州議会法務委員会(JURI)がSergey Lagodinsky議員を報告者とする意見書草案を公表した〔注2〕。JURI委員会は本件の主管委員会ではなく、域内市場・消費者保護委員会(IMCO)と市民的自由・司法・内務委員会(LIBE)に対して意見を提出する立場にある。しかし、意見書の内容は34の修正案から構成され、欧州委員会提案の多くの条項に対して削除、差し替え、あるいは条件の厳格化を要求しており、単なる技術的助言の域を超えている。

 筆者がこの意見書に注目する理由は、欧州委員会が掲げる「簡素化」の方向性に対して、欧州議会の側からどのような揺り戻しが生じうるかを読み取れる資料だからである。AI規則が2024年8月1日に発効してからまだ日が浅い段階で、早くも規制緩和圧力と基本権保護の維持との間の緊張が顕在化している。以下、意見書の主要論点を取り上げる。



Ⅱ AIエージェントの定義拡張

 意見書がまず着手するのは、AI規則3条1号におけるAIシステムの定義の修正である。欧州委員会の原案はAIシステムの出力として「予測、コンテンツ、推薦、又は決定」を列挙するが、JURI意見書はこれに「行為(actions)」を追加する(修正案12)。前文においても、AIエージェントを「高度な現実世界の操作を迅速かつ人間の監視が縮減された状態で遂行しうるAIアプリケーションの新たなカテゴリー」と位置づけ、規制上の空白を埋めるべきとする(修正案1)。

 従来のAI規則は、AIシステムの出力を基本的に情報提供型のもの、つまり予測や推薦、コンテンツ生成として構想していた。しかし、エージェント型AIの台頭により、AIが自律的に外部環境へ働きかける場面が急速に拡大している。出力が「決定」にとどまらず「行為」そのものとなるとき、説明責任やトレーサビリティに関する既存の規律がそのまま妥当するのかという問題が生じる。この修正案は、AI規則がエージェント型AIをその射程に確実に収めるための立法技術上の手当てといえる。

Ⅲ AIリテラシー義務の維持

 欧州委員会の提案で議論を呼んだ条項の一つが、AI規則4条の修正である。現行4条はAIシステムの提供者及び利用者に対し、その職員のAIリテラシーを十分な水準に確保するための措置を講じる義務を課している。欧州委員会はこの義務が特に中小企業にとって不均衡な負担となっていると判断し、加盟国及び欧州委員会が提供者・利用者にリテラシー向上を「奨励する」規定へ改めることを提案していた。

 JURI意見書はこの修正を丸ごと削除する(修正案13)。前文5項にあたる欧州委員会の説明部分も同様に削除対象とされている(修正案2)。意見書の立場は明快である。AIリテラシーは単なる補助的な安全策ではなく、AIリスクベースのセキュリティ基盤の構成要素であるという認識に立ち、組織的な義務として維持すべきであるとする。

 この対立は、AI規則の規制哲学にかかわる。リテラシー義務を「奨励」に格下げすれば、遵守状況の検証が困難になり、執行の実効性が著しく低下する。リテラシーは、とりわけ利用者側においてAIシステムの限界を理解し、不適切な依存を回避するために求められるものであり、規模の大小を問わず組織の責任として位置づけることに合理性がある。

Ⅳ 非同意性的AIコンテンツの禁止

1 Grok事件を背景とする修正案

 意見書のなかで最も注目を集めているのは、AI規則5条1項に新たな禁止行為を追加する修正案17である。「個人の性的な音声、画像及び動画を生成又は操作し、それによりDirective (EU) 2024/1385に定義される親密な素材又は操作された素材の非同意的共有を容易にするAIシステム」の上市、運用開始及び使用を禁止するという内容である。

 この修正案の背景には、2025年12月末から2026年1月にかけて国際的な問題となったGrokによる画像生成事案がある〔注3〕。xAI社のAIチャットボットGrokが、実在する女性や未成年者の写真から性的な画像を大量に生成し、X上で拡散された。AI Forensicsの調査によれば、Grokが生成した画像の53%が露出度の高い衣服を着た人物を描いており、そのうち81%が女性であった。欧州委員会はこの事態を受けてxAI社に対し2026年末まで関連文書の保全を命じ、フランス検察は捜査を拡大し、英国Ofcomもオンライン安全法に基づく調査を開始した。

2 規制の空白の存在

 修正案の前文(修正案4)は、AI規則5条の禁止行為リストについて、欧州委員会が112条に基づく年次評価義務を果たしていない事実を指摘している。JURI意見書は、現行の禁止行為規定がAIによるヌーディフィケーション・アプリを射程に含むかどうかについて「重大な法的不確実性」が残存しているとの認識を示し、立法による明確化を求める。

 AI規則5条は、ソーシャルスコアリングやサブリミナル操作など、基本権に対する「許容できないリスク」をもたらすAI行為を禁止している。しかし、非同意の性的ディープフェイク生成がこの枠組みにどう位置づけられるかは条文上明らかでなかった。JURI意見書は、このような行為をEUのデジタル尊厳及び基本権の枠組みにおける「許容できないリスク」として分類することで、法的空白を埋めようとしている。5条の禁止行為に分類されれば、発効と同時に全加盟国で直接適用される効果を持つ。

Ⅴ ハイリスクAI義務の適用時期

 欧州委員会の提案は、ハイリスクAIシステムに関するChapter IIIの義務の適用開始時期を、整合規格や共通仕様の整備状況に連動させるメカニズムを導入しようとしていた。欧州委員会が整備完了を確認する決定を採択した後、Annex III型のハイリスクAIシステムは6か月後に、Annex I型は12か月後に適用されるとし、最終期限をそれぞれ2027年12月2日、2028年8月2日と設定するものである。

 JURI意見書はこのメカニズムを簡潔に改める(修正案9、34)。欧州委員会の確認決定という中間段階を廃し、適用開始日をAnnex III型は2027年12月2日、Annex I型は2028年8月2日と固定する。加えて、欧州委員会に対し、2027年12月2日までに共通仕様を策定する義務を課し(修正案20)、同じく同日までにChapter Vの第2節及び第3節にかかる標準化要請を発出することを求めている(修正案19)。

 欧州委員会の提案する連動メカニズムは、一見すると柔軟な対応に見える。しかし、適用時期が欧州委員会の裁量的な判断に左右されるため、事業者にとっての法的予測可能性は低下する。整合規格の策定がさらに遅延した場合に何が起きるかも不透明であった。JURI意見書の修正は、期限を固定することで規制のコンプライアンス計画を立てやすくするとともに、欧州委員会に対して標準策定を怠らないよう圧力をかける構造を採用している。

Ⅵ バイアス検出のための機微データ処理

 欧州委員会は、AI規則に新たに4a条を挿入し、ハイリスクAIシステムにおけるバイアス検出・修正のために、GDPR9条2項(g)に基づく特別カテゴリーの個人データの処理を認める法的根拠を設けることを提案した。さらに、同条2項では、この法的根拠をハイリスクAIシステム以外のAIシステム・モデルの提供者・利用者にも拡張しうるとしていた。

 JURI意見書は、拡張の範囲を限定する方向で修正を加えている(修正案16)。ハイリスクAIシステムの利用者による処理は認めるものの、その条件を「厳格に必要」な場合に限定し、バイアスが「人の健康・安全に影響し、基本権に悪影響を与え、又はEU法が禁止する差別につながる蓋然性がある」場合に処理対象を絞る。また、偽名化の要件を技術的制限と最先端のセキュリティ・プライバシー保護措置から切り離し(修正案15)、欧州委員会原案にあった非ハイリスクAIシステムへの一般的拡張を事実上削除する。

 バイアス検出のために人種や宗教といった機微データの処理を許容する法的根拠の設定は、差別防止とプライバシー保護の緊張関係を鋭く顕在化させる。JURI意見書は、この緊張を認めたうえで、処理の許容範囲を限定的に設定しようとするものである。EDPB及びEDPSの共同意見1/2026も、この条項について簡素化が執行可能性や基本権保護を弱めてはならないと指摘しており〔注4〕、JURI意見書の方向性と軌を一にする。

Ⅶ その他の修正事項

 意見書には上記以外にも注目すべき修正が含まれている。6条3項に基づくAIシステムの登録義務免除を削除し、EU データベースへの登録要件を維持すること(修正案5、25)。欧州委員会に付与された一定の実施法令制定権限の削除提案を撤回し、これを維持すること(修正案11、26、27)。サイバーレジリエンス法(Regulation (EU) 2024/2847)との間のサイバーセキュリティ要件の重複適合を認めること(修正案24)。規制サンドボックスについて、AIオフィスがEUレベルのサンドボックスを「設置できる」という任意規定を「設置する」という義務規定に改めること(修正案28)。欧州データ保護監督機関(EDPS)をサンドボックスの調整主体に明示的に加えること(修正案30)。

 これらの修正は、個別に見れば技術的な手当てに見えるが、全体として一つの方向性を示している。欧州委員会が裁量の余地を確保しようとする箇所には義務を課し、義務を緩和しようとする箇所には原状を維持する。

Ⅷ むすびにかえて

 JURI意見書を通読して浮かび上がるのは、欧州委員会の「簡素化」提案に対する欧州議会側からの警戒感である。意見書の基調は、簡素化それ自体に反対するものではなく、簡素化の名のもとに執行可能性や基本権保護が後退することへの抵抗である。

 この警戒感には根拠がある。AI規則はまだ本格的に適用されていない段階にある。ハイリスクAIシステムに関する義務の適用開始すら先送りが議論されている。そのような時点で、リテラシー義務の格下げや登録要件の免除、実施法令制定権限の削除を進めれば、規制の実効性を検証する前に規制を空洞化させる危険がある。

 もっとも、JURI意見書はあくまで法務委員会の意見書草案であり、主管委員会であるIMCO・LIBEがこれをどの程度受容するかは未確定である。2月24日に予定されるJURI委員会での採決を経て、今後の三者対話(trilogue)に向けた交渉が本格化する。欧州委員会、欧州理事会、欧州議会の三者がどのような均衡点に到達するかが、AI規則の実質的な規制強度を決定づけることになる。

 詳細は、上記原典をご確認ください。何かの考えるきっかけになれば幸いである。


〔注1〕 European Commission, Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council amending Regulations (EU) 2024/1689 and (EU) 2018/1139 as regards the simplification of the implementation of harmonised rules on artificial intelligence (Digital Omnibus on AI), COM(2025)0836, 2025/0359(COD), 19 November 2025 (https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/digital-omnibus-ai-regulation-proposal, last visited 2026年2月7日).

〔注2〕 European Parliament, Committee on Legal Affairs, Draft Opinion on the proposal for a regulation of the European Parliament and of the Council amending Regulations (EU) 2024/1689 and (EU) 2018/1139 as regards the simplification of the implementation of harmonised rules on artificial intelligence (Digital Omnibus on AI), 2025/0359(COD), PE784.179v01-00, Rapporteur: Sergey Lagodinsky, 2 February 2026.

〔注3〕 Grok事件の経緯については、以下を参照。TechPolicy.Press, "Tracking Regulator Responses to the Grok 'Undressing' Controversy" (https://www.techpolicy.press/tracking-regulator-responses-to-the-grok-undressing-controversy/, last visited 2026年2月7日).

〔注4〕 EDPB-EDPS Joint Opinion 1/2026 on the Proposal for a Regulation as regards the simplification of the implementation of harmonised rules on artificial intelligence (Digital Omnibus on AI), 21 January 2026 (https://www.edpb.europa.eu/our-work-tools/our-documents/edpbedps-joint-opinion/edpb-edps-joint-opinion-12026-proposal_en, last visited 2026年2月7日).

(マガジン)「AIと法-雑感」

 ※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
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