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不可視のカメラと肖像権の射程 / CNILのスマートグラス警告 雑感


0 アブストラクト

 撮影をめぐる法は、だれかがカメラを構える、店舗が固定カメラを設置して掲示するといった、外形から見て取れる個別の撮影行為を単位に組み立てられてきた。カメラとマイクを備え人工知能につながる眼鏡は、この前提を崩す。捕捉は連続的になり、周囲からはほとんど見えず、装着者の視界に入る者すべてに及ぶ。本稿は、フランスのデータ保護監督機関である情報処理・自由全国委員会(CNIL)が発した警告を素材に、連続的で不可視の捕捉を日本の肖像権法理と個人情報保護法がどこまで捉えうるか、そして個別の撮影行為や事業者を単位とする既存の枠組みがどこで軋むかを検討する。

 CNILは2026年5月11日、利用者向けの警告を公表するとともに、欧州レベルでの作業計画の開始を表明した。同年1月22日から29日に実施した2128人への調査では、67%が私生活への侵害の危険があると回答したとされる。CNILは、周囲の第三者がほとんど気づかないうちに撮影されうること、設置され存在も知らされる監視から移動し気づかれない監視への移行、そして常時記録されているという疑いが萎縮を生みうることを指摘し、一般データ保護規則(GDPR)と情報処理・自由法の適用を確認しつつ、利用者向けの遵守事項を示した。

Ⅰ スマートグラスは撮影をどのように見えなくするか

 まず、ここで問題となる装置がどのようなもので、なぜ従来の撮影と質を異にするのかを確認しておきたい。

1 装着型の計算機がもたらす視点の転換

 CNILの整理によれば、対象となる眼鏡は、視力矯正用や日除け用の通常の眼鏡でありながら、フレームにカメラとマイクを収め、多くは専用アプリを介して装着者の携帯端末につながっている。通話や音楽再生、写真・動画の撮影といった携帯端末の機能を、一部は音声で呼び出せる。さらに人工知能につながる例では、装着者が対話型のエージェントに問いを発すると、その応答のためにカメラやマイクが作動する。天気を尋ねる一般的な問いだけでなく、目の前に見えるものの説明や、相手の発話の翻訳を求める問いに応じるためにも、周囲の像や音声が取り込まれる構造になっている。

 CNILが重く見るのは、この撮影が周囲からほとんど見えない点である。携帯端末であれば、取り出して向きを定める動作が必要で、装着者が向けた範囲しか写らない。これに対して眼鏡は、装着者が見るものをそのまま写し取り、しかも通常の眼鏡と外形上ほとんど区別できない。撮影を知らせる点灯などの仕組みも作用の及ぶ範囲が限られ、用途によっては備わっていないとされる〔注1〕。撮影の相手方が、その眼鏡を通信機能付きのものと認識できない可能性が高いという事情は、常時接続されうる装着型の計算機に固有の、視点の転換を示すものと読める。

2 設置され知らされた監視から、移動し気づかれない監視へ

 CNILの警告の中心は、特定の悪用というよりも、そうした眼鏡が広がることで、周囲を記録されうる状態が当たり前のものになっていくことにある。価格が比較的抑えられていることもあり、街路や店舗、浜辺のような公共の場から、住居や職場のような私的な場まで、だれもがカメラを備えうる。設置場所が定まってその存在も知らされる従来型の映像監視から、移動しながら作動してほとんど気づかれない監視へと質が変わるとき、社会の在り方そのものが深く変容しうるとCNILは述べている。

 やがて、自らの一挙一動や会話が記録されているのではないかと絶えず疑い、常に見られているという感覚が広がれば、次第に自己抑制が生じうる。表現の自由その他の市民的自由の行使が、そのことによって直接に脅かされるおそれがあるという指摘は、撮影という個別の侵害よりも、記録されうるという状態が人々の振る舞いに及ぼす作用を問題にしている点に、CNILの問題意識の特徴があるように思われる。診察室や更衣室のように高い秘匿が期待される場所での利用が、これまでにない倫理的・法的な問いを生むとも述べられている。

 こうした懸念は抽象的な想定にとどまらない。CNILの警告は、Metaとエシロールルックスオティカが展開するレイバン・メタをめぐる論議のさなかに置かれており、機密文書をめぐる事件の捜索で同種の眼鏡が押収されたとも報じられている〔注2〕。記録された像や音声がどこへ渡り何に用いられるかという問いは、現実の事案として立ち上がっている。

Ⅱ 規律の名宛人はだれか

 撮影をめぐる規律を考えるうえで、だれがその義務を負うのかという問いは避けて通れない。スマートグラスの場合、装着する個人と、像や音声を処理する事業者とで、置かれる位置が異なる。

1 利用者個人と製造者の分離

 CNILは、これらの眼鏡の利用が原則としてGDPRと情報処理・自由法の適用を受けると確認する。もっとも、装着者個人の純然たる私的な利用まで規律が及ぶかは別の問題である。GDPRは、自然人が専ら個人的または家庭的な活動として行う処理には適用されない(同規則2条2項c号)。この家庭内利用の除外を前提にすれば、私的に眼鏡を用いる個人は、データ保護法上の義務の多くから外れることになりそうである。CNIL自身も、今回の警告では個人的利用へのGDPRの適用可否を断定してはいない〔注3〕。

 そうすると、規律の重みは、撮影される像や音声を処理する製造者や関連サービスの提供者、すなわち処理の責任を負う事業者の側に移る。透明性の確保や目的の限定、データの最小化、顔認識のような機能の抑制といった課題は、まず責任者たる事業者に課される。CNILが利用者への禁止ではなく、欧州レベルでの分析と事業者側の適合性に向けた作業へ進んだことは、この名宛人の構造と整合的であるように思われる。

2 個人には民事・刑事の受け皿が残る

 装着者個人が規律から外れるとしても、フランスには私生活の保護をめぐる別の受け皿がある。民法典9条は、私的・公的を問わずあらゆる場所での私生活の尊重を保障し、その侵害は制裁の対象となりうる。刑法典226-1条は、私的な場所にいる者の像を、その同意なく固定し、記録し、または伝達して私生活の秘密を害する行為を、1年の拘禁と4万5000ユーロの罰金で罰するとされる。CNILは、これを踏まえ、装着者は撮影されうる者の私生活を尊重し、必要に応じてその同意を得なければならないと述べている〔前掲注1〕。

Ⅲ 日本法は連続的で不可視の捕捉をどこまで捉えるか

 日本では、CNILが発したような専用の警告はまだ見当たらない。撮影をめぐる既存の規律が、装着者個人による連続的で不可視の捕捉をどこまで捉えうるかを、以下で順に検討する。

1 肖像権は個別の撮影行為を単位に組み立てられている

 日本の肖像権は、判例の積み重ねの中で形づくられてきた。京都府学連事件で最高裁は、憲法13条を根拠に、何人もその承諾なしにみだりに容ぼう等を撮影されない自由を有すると述べた〔注4〕。もっとも、無断の撮影が直ちに違法となるわけではない。法廷内撮影事件で最高裁は、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかは、被撮影者の社会的地位や活動内容、撮影の場所・目的・態様・必要性等を総合考慮し、人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるかどうかで判断すべきものとした〔注5〕。

 この判断枠組みは、ある一枚の写真、ある一場面の撮影が、その状況の下で受忍の限度を超えたかどうかを個別に問うために組み立てられている。撮影の態様がそこでは考慮要素の一つとされ、撮影していることが外形から分かりにくい態様は、違法性を基礎づける方向に働きうると理解されている。スマートグラスによる不可視の撮影は、まさにこの分かりにくい態様に当たりうる。しかし、装着者の視界に入る不特定多数の者を連続して捉える捕捉は、個別の撮影行為を単位とする受忍限度の判断になじみにくいようにも見える。一場面ごとの違法性を事後に争う仕組みは、どこでも記録されうる状態そのものが生む萎縮には、届きにくいのではないかと思われる。

2 撮影の刑事規律は性的な像に偏り、一般的な捕捉には及ばない

 刑事の規律に目を向けると、日仏の落差が見えてくる。フランスの刑法典226-1条は、私的な場所での無断の像の記録を一般的に犯罪とする。これに対し、日本には、私的な場所にいる者の像を同意なく記録する行為を一般的に処罰する規定は見当たらない。令和5年に施行された性的姿態撮影等処罰法は、性的な部位や下着、性的な行為の間の姿といった性的姿態等の撮影を対象とするにとどまる〔注6〕。それ以外の盗撮は、従来から都道府県ごとの迷惑防止条例によって扱われ、対象は地域によって異なってきた。

 そうすると、スマートグラスによる一般的な、すなわち性的でない連続的な捕捉は、刑事規律の間隙に落ちやすい。装着者個人に対して残る手段は、多くの場合、肖像権に基づく民事上の主張に限られることになりそうである。フランスが民事の一般規定と刑事の一般規定の双方を備えているのに対し、日本の保護は性的な像に特化した刑事規律と民事の肖像権とに分かれており、一般的な捕捉に対する刑事の網は粗いと整理できる。

3 個人情報保護法は名宛人を事業者に置く

 個人情報保護法の側から見ると、名宛人の問題がここでも現れる。特定の個人を識別できる顔の画像は個人情報に当たり、顔の骨格等の特徴を電子計算機のために変換した符号は個人識別符号として個人情報に含まれる(個人情報保護法2条2項1号、同法施行令1条1号)〔注7〕。もっとも、これらの義務が課されるのは、個人情報データベース等を事業の用に供する個人情報取扱事業者である。純然たる私的利用にとどまる装着者個人は、原則としてこの事業者に当たらず、GDPRの家庭内利用の除外と同様の間隙が生じることになる。

 しかも、日本でこれまで積み重ねられてきたカメラをめぐる規律は、固定されたカメラを念頭に置いて設計されてきた。個人情報保護委員会が令和5年3月に公表した顔識別機能付きカメラシステムに関する文書は、宍戸常寿教授を座長とする有識者検討会の報告を経たものであり、事業者による事前の告知を軸に整理を示している〔注8〕。同委員会が民間事業者向けに公表したカメラと個人情報保護法に関する解説も、店舗等に設置されたカメラと事前の通知を前提としている〔注9〕。設置場所が定まり、その存在が知らされ、事業者が責任を負うという前提は、移動し、気づかれず、個人が装着するスマートグラスとは噛み合いにくい。装着型のカメラを正面から捉える規律は、日本ではなお整えられていないように見える。

Ⅳ むすびにかえて

 CNILが利用者への禁止ではなく、社会全体での警戒と、欧州レベルでの分析および事業者側の適合性へ向かったことは、この問題の害が、個別の悪しき行為に還元しきれない構造的なものであるという認識を映しているように思われる。撮影されうるという状態が広がること自体が、人々の振る舞いを変えうる。ここでの問いは、ある一場面の撮影が違法かどうかにとどまらない。

 日本法が撮影に対して備える二つの主要な受け皿は、いずれもスマートグラスが崩す単位の上に立っている。肖像権は個別の撮影行為を単位とし、個人情報保護法は事業者を名宛人とする。装着者個人による連続的で不可視の捕捉は、その双方の狭間に落ちやすい。だからといって、直ちに新たな禁止規定を設けるべきだと言い切るつもりはない。ただ、規律の重心を、事後の肖像権訴訟を一場面ごとに積み重ねる側からではなく、製造者や提供者に向けて、初期設定における撮影機能の制御、撮影を知らせる仕組み、顔認識の抑制、学習用データの扱いといった設計の段階へ移していく方向が、検討に値するのではないかと考える。CNILの作業計画が事業者の適合性に照準を合わせていることは、その方向を示す一つの手がかりとなりそうである。

 何かを考えるきっかけになれば幸いである。詳細は、CNILの公表資料をご確認いただきたい。

出典

〔注1〕 CNIL「Les lunettes connectées : la CNIL appelle à la vigilance」(2026年5月11日)(https://www.cnil.fr/fr/lunettes-connectees-appel-a-la-vigilance、2026年7月11日最終閲覧)。

〔注2〕 Louise Costa「La Cnil alerte sur les risques liés aux lunettes connectées」Le Monde Informatique(2026年5月13日)(https://www.lemondeinformatique.fr/actualites/lire-la-cnil-alerte-sur-les-risques-lies-aux-lunettes-connectees-100153.html、2026年7月11日最終閲覧)。

〔注3〕 Nomos「Les lunettes connectées : la CNIL appelle à la vigilance」(2026年5月)(https://www.nomosparis.com/les-lunettes-connectees-la-cnil-appelle-a-la-vigilance/、2026年7月11日最終閲覧)。GDPRが自然人による専ら個人的または家庭的な活動としての処理に適用されない旨につき、同規則2条2項c号。

〔注4〕 最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁〔京都府学連事件〕。

〔注5〕 最判平成17年11月10日民集59巻9号2428頁〔法廷内撮影事件〕。

〔注6〕 性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和5年法律第67号)。撮影罪を定める第2条は令和5年7月13日施行。

〔注7〕 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)2条1項1号・2条2項1号、個人情報の保護に関する法律施行令(平成15年政令第507号)1条1号。

〔注8〕 個人情報保護委員会「犯罪予防や安全確保のための顔識別機能付きカメラシステムの利用について」(令和5年3月)(https://www.ppc.go.jp/news/camera_related/、2026年7月11日最終閲覧)。

〔注9〕 個人情報保護委員会「カメラと個人情報保護法(民間事業者向け)」(令和5年12月)(https://www.ppc.go.jp/files/pdf/camera_utilize_handbook202312.pdf、2026年7月11日最終閲覧)。

(マガジン)「AIと法雑感」

※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。
P.S. This is shared for academic discussion only.

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